鳥は天を行く。

 誰かのために。未来のために。その翼を羽ばたかせて、信念を貫くために。

 鳥は巣を守る。

 飛び行くもののために。生まれてくるもののために。やがて帰ってくるもののために。

 番は優しく寄り添う。

 癒すために。癒されるために。心と心で繋がるために_____

 

 

 

山中異界 第四話 〜シリーズ完結作品に候〜

 

 

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 

 夕暮れ時に、それは始まった。幾日も掛けて行われた下準備。村落をあげての大騒ぎに、来訪者の気持ちも弾む。

 宴の始まりにござい__________。

 

 

「スナイパーに必要なのは連射の利く得物でも、ましてや表社会の恋人でもねえ・・・。」

 サングラスをクイ、とあげながら、その人物は呟く。静かに弾を込め、狙った獲物に向かって慎重に銃身を動かしていく。

「ただ一発で!標的の一点を貫くための、一瞬の意地だ!!」

 ________ぺひゅん。

 気合のこもった口上とは裏腹に、手にした空気銃から気の抜けた音を立てて発射されたコルク栓はへろへろと飛んでいって、標的である可愛いとも怖いともいえないなんとも微妙なデザインをした猫の縫い包みのそばを通り抜け、壁に当たって地面に転がった。ぐっは!と声にならない悲鳴をあげて、エイプリルは真横に倒れこむ。セフィーが慌ててそれを受け止めた。彼女の口上に誘われて、射的の屋台に集まっていた人々から、どっと笑いが起きる。

「ちょっと大丈夫エイプリル?」

「うう、おらぁもお駄目だ・・・。わかってたんだ。あの時ジェフの額をぶち抜けなかったときから・・・もお何にも見えねえ・・・。ガク・・・。」

「何を大げさな・・・。」

 口で妙な効果音を言って動かなくなったエイプリルを抱えてあたふたしているセフィーを尻目に、ジュライは自身の模造銃にコルクを込め、先程エイプリルが狙った縫い包みに照準を合わせる。そして引き金を引いた。コルクはまっすぐに猫の額に向かって飛び、見事命中した・・・が。

「ああ!?」

 ジュライが驚きの声を上げる。なんと、縫い包みは顔を上下させただけで、台からは落ちないではないか。

「オヤジ!!あれ重りはいってるだろ!!汚ねえぞ!!」

 親父と呼ばれた男・・・白髪の老人は、咥えていたパイプを手に取りながら答えた。

「そんなもんいれちゃいねえよ・・・あんた、人形だと思って甘く見てないかい?」

「何・・・?」

「あそこにいるのは獣よ。あんたの懐の金を喰らっていく貪欲な肉食獣さ。なめてかかると・・・」

 そういうと老人は、鋭い眼差しでジュライを見た。

「喰われちまうぜ・・・。」

 その底冷えする視線に思わず生唾を飲み込み、ジュライは改めて猫の縫い包みを見た。よく見ればそれは他の景品に比べて古く、どこか妖気のようなものを振りまいていた。

_____ここの主ってことか。

 ジュライは了解し、改めて模型銃に弾を込め、構える。両肘を手すりに当て、骨格と筋肉によって銃の向きを固定し。右しかない目を細めて照準を絞る。そすると、寸前まで猫の縫い包みだったそれは、あたかも百戦錬磨の野獣のように見えてくる。

_____おもしれえ。

 ジュライは、ただの一撃で相手をしとめることを考えながら、トリガーに指を掛けた。

 

 マガキを倒し、北の山で正体不明の爆発が起きたのは5日前である。その間、快賊団は怪我人を村に送り届け、山の中で野晒しにされている狩人達の死体の捜索に協力した。いくつかは既に獣に食い荒され、見る影もなくなっていたが、それでも親類や知人達は涙を流し、ありがとう、と言った。葬式に列席することを頼まれ、テスタメント達は彼らが土へ帰っていくのを見届けた。

 それでも、村人たちは祭りを中止にはしなかった。聞けば何十年も前から続く由緒あるものだそうで、元々は町に現れた怪物をさすらいの剣士が倒してくれたことに対する感謝の祭りなのだそうである。そのことに起因してか、マガキを倒した快賊団は厚くもてなされ、是非祭りに参加を、と誘われたのだった。外来者であるため、閉鎖的な山村の祭りへの参加は半場諦めていただけに、この誘いは快賊団の若い衆を大いに喜ばせた。中には、自分たちも屋台を出すべく足蹴良く村に通い、急ピッチで祭りの準備をするものたちもいた。

 

 そして、祭りの当日である。

 団員たちに限らず、村の人々も着飾り、かつて無い活力に満ちていた。葬儀のときはあんなに沈み込んでいた人々も、まるでいなくなった者達の分まで楽しむかのように笑顔を浮かべていた。

 そんな皆々の様子を、シャツに黒いスラックスといった学生然とした出で立ちのテスタメントは果物を搾った飲み物を片手に見やっていた。ちなみにこれは屋台番をしていたまだ十にもとどかない女の子から貰ったもので、目線を合わせて礼を言ったら顔を赤らめて屋台に戻ってしまった。先程まで一緒にいたジョニーにこの女子殺し、と冷やかされたのを思い出して、テスタメントは微かに笑う。口に含んでみれば、酸味の利いたさっぱりとした味が口内に広がった。

 実際、テスタメントは村民達の視線を集めていた。怜悧さを感じさせる整った容貌と、均整の取れた長身。なにより、この村の人々がどれも健康的な褐色の肌と軽くカールした茶髪であるのに対して、テスタメントの白亜のような肌と、流れるような漆黒の直毛は異彩を放っていた。

 もっとも、異彩を放っているといえば、快族団員はみな特徴的な外見をしていて、別段彼だけが注目を受けているわけではないが、それでも、まあ美人には視線が行くのが人の常である。

「あ、いたいた。テスタメントさん。」

テスタメントが飲み物を飲み終え、そばにあったゴミ箱に容器を入れた頃、青年を見つけて白いワンピースの上から檸檬色のショールを羽織った少女が駆けてきた。胸元と、左の薬指に飾られたアクセサリーがきらりと輝く。海色の髪が、風を含んで鮮やかに踊っている姿は、周囲の視線をたちまち引き付けた。

「ディズィー。」

 青年は眼前で立ち止まった少女の頭に手を置き、くしゃくしゃと滑らかな髪の毛をかき乱す。少女は抗議の悲鳴を上げながら、それでも幾分か楽しそうに距離を置くと、

「待ちましたか?」

 と尋ねた。まあこれは儀礼的なものであって、二人とも待ち合わせた時間からは余裕がある。それでも思わず尋ねたのは、ディズィーの生来の優しさからか。

「いや、先程着いたばかりだ。」

「そうですか?ところで、その、どうですか・・・?」

 ディズィーは一転、不安そうな面持ちで言う。何が、というほどテスタメントも朴念仁ではない。

「よく似合っているよ。まるで花のようだ。」

 その答えに、少女は心底安心したように良かった、と胸を撫で下ろす。取り留めの無い会話なのに、二人とも傍から見てもわかるほどに楽しげだった。

 やがて、テスタメントは冗談めかした動作で背筋を伸ばし、右手を胸の前に持っていきながら、少女に囁く。

「それでは参りましょうか、お姫様?」

 その言葉と行動に、ディズィーは多少頬を赤らめ、

「はい・・・。」

 そう答えながら、その手を取った。

 どこからかため息や口笛が聞こえたような気がしたが、それは二人の気分に拍車を掛けてくれた。仲睦まじい恋人達は、ゆったりとした歩調で歩き出す。

 

広場にはいくつもの屋台が並んでいた。品物も、街中のファストフードなどではなく、果物を蜂蜜につけ、固めた飴のようなものや、作りたてのジャムをはさんだサンドイッチ、フルーツパイ。ちょっと不気味な色合いが冒険心をさそう茸の丸焼きや、朝一で狩ったという野兎と野鳥、それらと畑から取ってきた野菜をいれたシチュー。アクセサリーを売る店もあり、素朴ながらも繊細な木彫りのペンダントや、綺麗な輝きを放つ焼き物、ガラス細工。伝統工芸なのか、意匠化された動植物が編みこまれた糸によって表された服やカーテン、テーブルクロスなどが心を躍らせる。

「賑やかですね。」

 ディズィーは手にした自然分解系の容器に入ったチーズケーキを、スプーンで掬い取りながら言う。

「そうだな。」

 テスタメントは揚げたポテトを串で刺し、口に運ぶ。ジャガイモ特有のほくほくした食感に、まぶした塩の味が絶妙だった。

「テスタメントさんは、お祭りを経験したことがありますか?ええと、こういう村を挙げての、ということですが。」

 その問いに、テスタメントは目を細めながら答える。

「子供の頃、父さんと一緒に何度か経験したことがある。逗留していた日系人が、タコという物を飛ばしていたのを良く覚えているな。あれは子供心には不思議だった。」

「タコですか?」

 ディズィーは話に食いついてきた。大きな目に、好奇心の色が見える。

「ああ。日本の古い遊び道具で細い木の枝で作った骨組みに、紙を貼り付けて、それを糸の束に繋ぐ。本人の話では、この糸を繋ぐ場所が肝心なのだそうだ。そして、糸の束を手に持ち、タコを繋ぐ糸をある程度たらしておいて、思いっきり走る。」

「走る?」

「そうすると、タコのほうはふわりと浮かび上がる。頃合を見計らって、手にした糸を少しずつ解いていくと、どんどん空に向かって上っていった。ある種の鳥は、翼に風を受けて飛び上がるそうだが、原理はこれと同じらしい。タコに貼り付けた紙で、風を受け止めたんだな。」

「はあ。」

 ディズィーは感心したように声を出した。

「昔では、日本に限らずいろいろな国でこの風を受け止める、という仕組みは使われていたらしい。例えば飛行機は昔、僅かな機関を備え付けただけで、後のほとんどは風による浮力によって飛行していたといわれている。」

「昔の人はすごかったんですね。」

 ディズィーの言葉に、テスタメントは頷いた。

「おやおや御二人さん、仲良し子吉ですね〜。」

 不意に後ろから声がして、振り向けばサキュバスがねじり鉢巻をして立っていた。片手には赤い字で「曙」と書かれた団扇を手にしている。毎度ながら、どこから入手してくるのか・・・。足元では犬型エグゼビーストが行儀良くお座りの姿勢で控えている。

「何か用か?」

 テスタメントの問いにサキュバスは用って訳でもないですがねぇと言いながら一つの屋台を指差す。

「あれ、私たちで作った屋台なんですけど、よってきません?」

 そこには、おどろおどろとした雰囲気を撒き散らす、極彩色の屋台があった・・・・。

 

 

「ホラーハウス・・・ですか?」

「・・・そのようだな。」

妙に威圧感のあるピエロの顔が貼り付けてある看板には、確かにそう書いてあった。しかし、この二メートル四方の小屋でどうやって・・・という疑問が二人の顔にありありと浮かんでいる。

「いや〜はははこれが結構繁盛していてねぇ。」

 額にゴーグルを付けた少女、ノーベルが楽しげに言う。屋台にあわせたのか、体のところどころに包帯を巻きつけている。ミイラのつもりなのだろう。受付と書かれたところには、妙に前髪が長い、オクティが座っている。彼女もやはり仮装をしているらしく南瓜を象ったベレー帽を被っていた。

「ご家族、友人、はたまた恋人同士、絶好の娯楽施設!それがホラーハウス!!どう?這入ってみたくなったでしょ?しかも無事に出てこられたら豪華商品つき!!」

 ツインテールを揺らしながらのジュンの言葉に、テスタメントはディズィーに振り返った。

「どうする?」

「這入って・・・見ますか?」

「はぁい二名様ごあんな〜い!!」

 サキュバスの言葉に応じて、黒尽くめの格好をした不気味なほどに気配を感じさせない少女、オーガスが無言でドアを開けた。

「それじゃあ、施設内の矢印の向きにしたがって動いてくださいね。ちなみに中のモンスターにつかまったらアウトですから。」

サキュバスが満面の笑みで言った。

 

 

*ここからは音声のみでお楽しみください

 

 

「く、暗いですね・・・。」

「まあ、基本的に明るい照明のホラーハウスは無いだろう。しかしギアの光量補修が効かないのはどういうことだ?」

「あ、蛍光塗料で何か書いてありますよ。」

「どれどれ。『この落書きを読み終わったとき、お前たちは・・・』・・・文字が切れているな・・・」

「ひやああああああああああ!!!?」

「どうした!?」

「い、いま足元を冷たい何かが・・・!?」

「・・・?なんだ、ディズィー。まるで洞窟の中で恐竜に出会ったような顔をして。」

「て、テスタメントさん、後ろ・・・後ろ・・・!」

「ん?ああ、血まみれのウサギの着ぐるみがあるな・・・・何ぃ!?」

 ギュイイイイイイイイイイイイイイン!!

「ちぇ、チェンソーを持っていますよ!!?」

「KISS・MY・ASS!!」

「矢印は!?」

「あ、あそこです!!」

「逃げるぞ!!」

「あ!」

「扉か!・・・どうした?」

「あ、あかないんです!!」

「HAHAHAHA!!DEAD・END!!!!!!!!!」

「は、早く!早く!!早く!!!」

「?何か書いてあるぞ?」

『横にスライドさせてください』

「紛らわしい!」

「HOHOHOHOHO!!」

「ディズィー!横だ!スライドさせろ!!」

「え?あ、開いた!」

 

「ここは、何なのでしょうか?」

「草原のようだが・・・。何だこの案山子は?南瓜頭だな。蝋燭まで燈してある。」

「それもいっぱい・・・ちょっと怖いですね・・・。」

 ふううぅぅぅ・・・・・・

「蝋燭の火が・・・」

 ガカッ、ガカッ、ガカッ、ガカッ、ガカッ、ガカッ

「蹄の音・・・?」

「だんだん近づいてくるような・・・」

ガカッ!ガカッ!ガカッ!ガカッ!ガカッ!ガカッ!ガカッ!ガカッ!

「ハァァァァァァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「首なし騎士!!」

「危ない!!」

スパン!!

「か、案山子さんの首が・・・。」

「ん・・・文字が・・・。」

〜橋を渡れば騎士は消える。岸のかなたに道もあり〜

「橋・・・あれか!!」

「行きましょう!、ひゃっ!!」

フォンフォン!!

「急げ!!」

「そんなこと言われても・・・相手は馬ですよ!?」

「足を止めるか?しかしどうやって?」

フォン!!

「くっ!!」

「あれ、南瓜の頭に何か・・・。」

〜投げてぶつけてください〜

「なるほど。見落としていたらここで終わっていたな。」

「そういうことですね。えいっ!」

ドグシャ!!

「うげあ!!?」

「落馬したな。」

「痛そうですね・・・。」

「まあなにはともあれ、だ。今の内に。」

 

「なんだか古めかしい橋ですね。」

「渡り終わったが・・・ん?また文字が・・・。」

「振り返ってください、ですか?」

「ひああああああはははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

「「!!?」」

「か、南瓜爆弾を持ってますよ!?」

「投げつける気だ!!行く先は・・・!」

「井戸・・・ですね。まさかこの中へ!?」

「悩んでいる暇は無い、飛び込め!!」

「ううううううおおおおおおおおおおおお!!!!!!必・殺!!サブマリン投ほおおおおおおおおおおおう!!!!」

どぐおおおおおおん!!

「きゃああああ!」

「うわ!!」

 

「・・・ひどい目にあった。」

「わ、私もうおなかいっぱいです・・・。」

「まだ始まったばかりだぞ。それともリタイアするか?」

「いえ、もう少し頑張ります。」

「そうか・・・。ほら。」

「?」

「手でも握れば少しは恐怖が紛れるだろう。」

「あ、ありがとうございます///

「フ・・・む、あれは?」

「宝箱ですね。」

「『開けてください』か。どれ。」

ギイイイイイイイイイィィィィィィ・・・・

「おおおおおおおおお前が憎いいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「きゃあああああS子さん!!!」

「悪鬼封印!!」

「こ、この部屋はこれだけでしょうか?」

「・・・いや、S子だけではないらしい・・・。」

カサカサ・・・・

「なんですかあの目が異様に大きいのにたいして体は針金みたいな四足獣は!?」

「不二子キャラクターズ!!ならばメデューサもいるな!!」

ほほほほほ!!

「こっちに来ます!!」

「逃げるぞ!!手を離すな!!」

〜BGM アルフィー&サーフィス「ジャスティスフォートゥルーラブ」〜

 

 

「はあ、はあ・・・。なんだか走りっぱなしですね。」

「そうだな。心理的に追われるというものは辛いものがある。」

「その割にはなんともなさそうですね・・・。」

「まあ、な・・・。」

「あれ?また何か置いてありますね。」

「オルガンのようだな。」

ポロロロロロロロロロロロロロロロロ・・・・

「オルガンが一人でに!」

「今度はポルターガイストか!?」

〜BGM「禿山の一夜」〜

「他の楽器まで!!」

「!伏せろ!!」

けけけけけけけけけけ!!!

「どうやらあの亡霊の群れから逃げろということらしいな・・・。」

「あれ、オルガンに何か・・・。」

「何?」

〜先に進みたくば、亡者たちを一掃せよ。霞が陽光に消え行くように亡霊も日差しの下無に帰らん。朝日を呼ぶは聖堂の鐘なり〜

「聖堂?そんなものどこに・・・?」

「あ!あれじゃないですか!?」

「走れるか?」

「はい!」

タッタッタッタッタ・・・・

「おかしい、一行に距離が縮まらない・・・。」

「いったいこれは・・・・!?きゃあ!!」

ギョギョギョギョギョ!!!

「くっ!!罠だったのか!!」

「でも、それじゃあ、聖堂は!?」

「・・・!上だ!!」

「山の頂ですか!」

「階段がある!行こう!!」

キュオオオオオオオオオオオオオ!!

「掴まれ!」

「え、きゃあ!!」

キュキュ!!!!???(俺を踏み台にした!!!!???)

(お、お姫様抱っこをされてしまった・・・)

「どうした?」

「い、いえ、何でもありません!」

「そうか?」

 ピシ・・・

「!テスタメントさん!!」

「!?足場が・・・崩れる!!」

 ドガアアアァァ!!!

「くっ!!」

「テスタメントさん、手を!!」

ガシィ!!

「は、離しちゃ駄目ですよ・・・」

「・・・ああ。」

「ふっ・・・よいしょ!!」

「ふう・・・ありがとう、ディズィー。」

「どういたしまして。いきましょう、山頂はもうすぐです。」

「ああ・・・。」

 

「つきましたね。」

「鐘を鳴らそう。ディズィー。」

「?」

「一緒に鳴らすか?」

「は、はい!!」

「いくぞ。」

「せ〜の」

 ゴォォォォン、ゴォォォォォンゴォォォォォン・・・・

「わぁ。」

「夜が・・・明けた。」

「綺麗ですね・・・。まるでお伽の国みたいです・・・。」

「そうだな・・・」

「「・・・・・」」

「なあ、ディズィー・・・」

「?何ですか?」

「実は話したいことが・・・」

「は〜い終了で〜す。お客さん、お出口はこちらですよ〜」

「あ、はーい。それで、話って?」

「・・・いや、後にしよう。」

「?」

 

 

 

「はいお疲れ様〜。クリアおめでとうございま〜す。」

 サキュバスがニコニコ笑いながら言う。

「すごいですね!大抵最後の階段崩しで終わるのに。」

 オクティの感嘆の言葉に、ジュンがあんたらで三組目だよ、と付け加える。

「ソレジャア景品ノ方ヲ。」

 エグゼビーストが言い、またもやどこからとも無く現れたオーガスが両手に収まるくらいの箱を差し出す。

「開けても良いですか?」

「どうぞどうぞ〜」

 ノーベルがのんびりと返し、彼女は箱を開けた。後ろから、テスタメントも覗き込む。

その中には、鳥を模して作られた首飾りが二つ入っていた。おそらく木製であろう二つの鳥は、それぞれ右と左の翼で繋がる様になっており、大き目のほうには青い塗料で、小さめのほうには赤い塗料で左右対称に模様が描かれている。

「これは?」

テスタメントがサキュバスに尋ねる。祭りを見て回っている最中、家の扉や装飾などに似たような意匠を見かけたのだった。

「村のまじないでして、例えどれほど遠くに離れていようと、必ずあなたの元に帰ってくる、という思いを込められているそうです。」

「それって・・・。」

 ディズィーの呟きに、ノーベルが楽しげな調子で続けた。

「ま、言いようによっては恋人同士のお守りだよね。」

 その言葉に二人は一瞬あっけにとられ、珍しいことにテスタメントまでもが赤面した。

「そういわれるのにも慣れたほうがいいんじゃない?もう公認カップルなんだから。」

 とっさに言葉が出ない二人に、ジュンが茶化すような調子で言う。

「お二人、遠距離恋愛ですからぴったりですよね!」

 邪気の無い口調で、オクティが言う。もはやテスタメントにもディズィーにも返す言葉が無く、良い様にからかわれるしかなかった。

「すみません、這入りたいんですけど。」

「あ、は〜い三名様ごあんな〜い!!」

 新しい客が来たことによって、二人はようやく解放され、その場から急ぎ足で去った。

 

「その、えっと、面白かったですね?」

「あ、ああ。そうだな・・・。」

 ホラーハウスを去り、黄昏時の祭りの中を行く当ても無く彷徨いながら、二人はもう何度目かわからない会話を繰り返した。

 恋人同士。その言葉に、二人はまだすんなりと応じることができない。確かに、互いが互いのことを好いているのはわかるし、恋人らしいことはいくつもしてきたのだ。だが、なぜか彼らは胸を張って恋人だ、と答えることができないのだ。

 足の向くままに歩いていた二人だったが、山のふもとの林の前まで来てようやく歩みを止める。

「あ、あれ?どうしてこんなところまで来てしまったんでしょう?」

 お互い頭の中真っ白であったので、この場所にたどり着いたのはまったくの偶然だったが、テスタメントには人気の無いこの場所のほうが都合が良かった。

「・・・ディズィー。」

「あ、はい。何でしょう?」

 そう良いながら、彼女はこちらに向き直った。西日に照らされ、その端整な顔立ちに絶妙な陰影ができる。

 テスタメントは自身の中にこみ上げてくる不安に耐えながら、ディズィーの瞳をまっすぐに見る。

「今日、言おう、言おうと思っていたことなんだが・・・。」

 その視線に魅入られたかのように、少女は見つめ返す。木々のざわめきに混じって聞こえてくるのは、巣へ帰る鳥達の囀りか。

 それらの、自然な音に感応したのか、テスタメントは次の言葉を平常心で言うことができた。

「君の事を愛している。」

「・・・え?」

 突然の事に、ディズィーは呆然とする。

「君と結婚したいんだ。」

 テスタメントは重ねて言った。ディズィーは呆けたまま言い返す。

「と、突然何を・・・?」

「突然では悪いのか?」

 きっぱりとした物言いに、ディズィーはたじろいだようだった。

「でも、私、まだ子供ですし・・・。」

「子ども扱いするなと、常々言っていたのはディズィーだぞ?それとも、私のことが嫌いか?」

「そ、そんなわけ無いじゃないですか!」

 ディズィーはそう言って、呆然とした状態から抜け出した。

「私はただ、突然結婚しようといわれたから驚いただけです!嫌いなわけ無い!私はテスタメントさんのことが大好きなんです!傍に居てくれるだけで幸せなんです!!それなのに、そんな風に言うなんて・・・・ひどい、です・・・・。」

 尻すぼみになり、嗚咽を混じらせながら、ディズィーは言った。俯いて溢れてきた涙をぬぐっていると、不意に優しく抱き寄せられた。

「すまない・・・。泣かせるつもりは無かったんだ・・・」

「・・・ひどい・・・です・・・。私、言ったじゃないですか・・・あの時、大好きだって・・・。」

「・・・そうだな。」

「・・・・いつでも、会いにきてくれますか?」

「君が、どこに居ようとも。」

「・・・・いつも、私のことを想ってくれますか?」

「健やかなときも、病めるときも、君のことを想っている。」

「・・・・私で、いいのですか・・・?」

「君以外には考えられない。」

 ディズィーは、泣き腫らした顔で、テスタメントのことを見上げる。テスタメントは、真剣な眼差しを返してきた。

「・・・私のこと、愛してくれますか・・・?」

「私が持てるすべてをもって、君を愛そう。ディズィー・・・。」

 テスタメントは、ディズィーのことをきつく抱きしめる。

「君のことが大好きだ・・・・。」

「・・・・キスを・・・。」

「うん?」

「キスをしてください・・・。誓いのキスを・・・・」

「・・・わかった・・・。」

 そうして二人は、互いに恥らいながらも、口付けを交わした。

長い時の中を、二人で歩んでいくことを誓って______。

 

「ところで、どうして急に・・・?」

 村への帰り道、ディズィーは訊いてきた。頬を赤く染め、いまや生涯の伴侶となった男のことを見上げる。

「・・・・ジョニーに結婚はしないのか、と聞かれて、自分なりに考えてみたんだ。そうしたら、大切なことに気付いてな・・・」

「大切なこと・・・?」

 テスタメントは言い難そうにしながら続ける。

「恥ずかしいことだが、君に自分から好きだと言ったことが無いことに今更ながら気付いたんだ。」

 そう。テスタメントはディズィーに対する気持ちを自分から言葉にしたことが無い。唯一の例外といえば去年のクリスマスだが、あれは彼女の言葉に応じる形だった。

「このままでは求婚まで自分から言えないのでは、と思い立って、決心が変わらぬうちに君に言おう、と・・・なんだ?」

 話の途中で、テスタメントはディズィーのことを見る。彼女は、どこか意地悪げな微笑を浮かべている。

「そんな理由でプロポーズをしたのですか?」

「な・・・そんなとはなんだ!私にとっては深刻な問題だったんだぞ!?」

 珍しく狼狽しながら、テスタメントが言うと、ディズィーは急に表情を改めた。

「私にだって重大ですよ・・・。」

「・・・・」

「テスタメントさんにずっと『好きだ』って言われずにいると、なんだかすごく不安になって・・・本当に私のことが好きなのか、って思う時も沢山ありました。」

 テスタメントは彼女に対する愛情表現を、自身の行動で表していた。言葉というのは厄介で、どれほど真心を込めても、場合によってはその半分も伝わらないことがある。テスタメントは、無意識にそのことを危惧していたのだろう。

 だがこの場合はテスタメントのミスである。互いに想い合い、心が通じ合った相手なら。互いにその言葉の真意を汲み合うことができるのだ。

「だから、嬉しかったです。愛している、って言ってもらえて。結婚したいって言ってもらえて・・・。」

 テスタメントの手を取りながら、ディズィーが言う。彼の手をいとおしげに撫でながら、少女は最後に一つだけ聞いた。

「ずっと一緒にいてくれますか?テスタメント。」

 テスタメントは、ディズィーの手を包むように、もう一方の手を添える。

「いつまでも一緒だ。ディズィー。」

 そうして、二人は無垢に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 ようやく終わりました・・・個人的には納得がいかないところもあるのですが、とりあえずこれでこのシリーズは完結です。ミソは最後の「テスタメント」ですよ〜。新シリーズはいろいろ思案中ですが、多分のろのろといくのであまり期待しないでください。

待っていてくれたひとも、待っていなかった人にも謝罪を。御免なさい。

この後、二人はきっと幸せになるんでしょうね・・・外伝を書くかもしれませんが・・・・。

それでは新シリーズで会いましょう・・・。