生きることに大切なこと_____

忘却・執着・発散・痛み・無視。

そして、たくさんの楽しさ__________

 人と人の交わりが、ドラマには無い、本当の人生を作り出す・・・・

 

 

・・・まあ、本編にはあまり関係ないが・・・

 

山中異界 第三話

 

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 衣擦れの音で、意識が覚醒される。明瞭になっていく音。次第に光を帯びていく目蓋の裏。振り切るように、少女は枕に顔を押し付けた。もう少し寝ていたい。

「起きなさい、ディズィー。朝だぞ。」

男性的でもあり女性的でもある声。ずいぶん前は同じ時間帯に、毎日この言葉を聞いていたものだ。ここ最近はめっきり・・・・・めっきり?

枕に押し付けていた目蓋がカッと開き、勢い良く首を声の聞こえてきた方向に捻じ曲げてみれば、そこには黒髪の美男がカーテンを止め紐で結んでいたところだった。

「?どうした?」

 首をかたむけて、実年齢の三分の一位の外見を保っている青年は疑問の念をあらわした。

「な、何でテスタメントさんがここに!?」

 ディズィーが叫んだ。少々寝癖の付いた髪の毛を慌てて手櫛で整え、乱れた服の裾を赤面しながら直す。

「何で、といわれても・・・・。」

 テスタメントは困ったように顔をしかめ、そして言った。

「私たちは相部屋だろう。」

「あ・・・。」

 そう言われて、ディズィーは全てを思い出した。キャンプのこと、山登りのこと、昨晩のこと______

 それにいたって、ディズィーは俯いた。昨晩彼が仕掛けた悪戯とそれに対しての自分の応酬に恥じ入ったのである。

「まだ怒っているのかな?」

 その様子を勘違いしたのかテスタメントがやはり困ったように聞く。ディズィーは頬を膨らませるふりをしてそっぽを向いた。

「怒っていません。べつに怒っていませんよ。」

 困らせてやろうと思って、ディズィーは何度も怒っていないと繰り返した。それほどのことをテスタメントがしたわけでもないが、引け目を感じているらしく彼はいつに無く弱気だった。長い間見てきたからこそ、彼が見た目どおりに冷静ではないことがわかる。暫くディズィーはテスタメントがおどおどしているのを横目に見ていたが、次第におかしくなって笑い出してしまった。昨晩の彼のように。

「・・・ディズィー。」

 謀られたことに気付いたテスタメントが低い声音で言う。

「ふふふ。ちょっとした悪戯です。」

 目元に滲んだ涙を指先で弾きながらディズィーが答えた。依然、笑いの発作は止まらない。テスタメントは憮然とした表情をしていたが、何か思いついたらしく唇の端を緩める。

「大人をからかうものではないぞ。」

 思いがけず近くで聞こえた彼の声に顔をあげると、そこにはテスタメントの白皙の美貌があった。

 やわらかい感触________

 数瞬唇に感じたそれは、ベルが鳴らされたされたときには離れていってしまった。

「どうぞ。」

 テスタメントが、何事も無かったかのようにリビングに向かい、入り口の前の来訪者に告げる。ドアを開けたのは隣室のフュービーだった。豪奢な金髪には、寝癖一つ見当たらない。

「あら、起きてたのね。遅いとおもったから呼びに来たんだけど。」

「もう朝食の時間なのか?」

「今何時だと思っているの?七時半近くよ。」

 テスタメントはすぐに行くと答え、出ていくときに自ら閉めたドアを軽く叩き、ベッドルームにいるディズィーに外で待っているといった。

 ディズィーは体の火照りによって上手く動かない思考回路を活動させながら、着替えを取り出すべくクローゼットを開ける。浅葱色のワンピースを取り出しながら、小さく、

「意地悪・・・」

と呟いた。

 気が付けば、蝉が鳴き始めている。

 

Jury:18 AM07:43

 

 食堂に行ってみれば、朝食を食べ終わったものが大多数で、くつろいだ雰囲気で談笑していた。

「あ、おはようディズィー。テスタメントも。」

 メイがこちらに気付き、声をかけてくる。普段の海賊姿ではないが、やはり山吹色を基調とした服飾をしている。

「ずいぶん遅かったですね?」

 エプロンをつけたセフィーが、キッチンから朝食を持ってきてくれた。パン三種にチーズ数種。スープと飲み物は自分で選べるらしい。

「夕べお盛んだったんじゃないですか?」

 人間に化けたままのサキュバスが、オレンジジュースを片手に言う。ディズィーは何を言われたかわからない様子だったが、テスタメントは無表情でサキュバスのことを見る。数秒間の沈黙。

「は、ははやだなあ冗談じゃないですか。」

 なにやら殺意の波動を放ち始めた主に向かって、サキュバスは必死に弁明する。テスタメントは頷き、冷えかけた空気に温かみが戻った。

「何の話をしていたのですか?」

 ディズィーがエイプリルに聞く。

「休暇中の予定。今回は結構長くいることになるしね。」

「ふもとの村で祭りもあるみたいだしね。」

「祭り・・・か。」

 テスタメントはふと昔の光景を思い出した。

 まだ幼いとき、養父に肩車をしてもらって、祭りで賑わう界隈を歩き回ったこと___。

 皆楽しそうに笑っていた。自分も、養父も・・・・。

「それでね、今日アウトドア派は山の川で釣りを楽しもうと思っているんだ。」

 メイが楽しそうに言う。昼ごろだから釣れないかもしれないけどね、とエイプリルが付け足す。

「二人もどう?」

 ジュンが尋ねる。

「どうする?」

「行こうと思います。テスタメントさんはどうしますか?」

「ふむ・・・。ならば行こう。」

「OK!それじゃ昼食の後ね!!」

 こうして早速予定ができた。だが、彼女達はこれが恐怖の始まりだということには気付くよしも無かった・・・。

 

 セッション・T

 

「何故山の中に来てまでディスプレイとにらめっこしてなきゃあならんのかねぇ?」

「・・・黙ってやれ・・・」

 今、テスタメントはジョニーの部屋にいる。他の部屋より大きい作りのリビングで、彼は部屋の主と一緒に携帯端末を広げて資料の整理や闇市での買い物の手続きをしたりしている。

(何故といいたいのはこちらのほうだ・・・)

食後、テスタメントは廊下を歩いているとジョニーに声をかけられた。しきりに自室に誘われ、何事かと思って付いていけば今流行の型の魔道式携帯端末が二機広げられてあった。事情を悟って逃げ出そうとしたテスタメントをジョニーが無理やり部屋に押し込み、強制労働を課したのは一時間ほど前である。

「つれねえなあ。お話ぐらいいいじゃねぇか。」

「その手を動かすつもりがあるのならのなら聞いてやってもいいが?」

 テスタメントが言っている最中、彼は資料や報告書を企画書とチェックし良し悪しを判断している。対してジョニーの手と口は同時に動いたためしが無い。

「まあそう言うなよ。実際な話、お前と話がしたかったんだ。」

「・・・話?」

 テスタメントは思いっきりいぶかしそうな表情をしてジョニーを見た。ジョニーはどう切り出すべきか迷っているのか思案気に顎に手を当てていたが、やがて意を決したように両の膝に左右それぞれの手を置き、身を乗り出しながら言った。

「ディズィーとお前さん二人のことだ。」

 そこでジョニーはテスタメントに断りをいれ、懐から取り出した煙草の箱から一本取り出し、点けた。

「お前さん、指輪渡したろ?」

ジョニーは紫煙を吐き出し言う。

「・・・そうだが?」

 テスタメントは話が見えない。

「つまり、その、なんだ?結婚式はいつにするんだ?」

 くゆりくゆりと煙が揺れる。じわぁじわぁと蝉の声。

「・・・・・は?」

 久しぶりに、本当に久しぶりにテスタメントは間抜けな声を出した。

 

同日PM12:28 「渓流」

 

「とったぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 水しぶきを上げながら、サキュバスが銛を天に掲げる。その先には、運命に抗わんと身を捩じらせる淡水魚が突き刺さっていた。

「ふははははははは!!どう?去年は遅れをとったけど、今年は私の勝ちみたいね!!」

「くっ、まだ勝負は終わっちゃいないぜ!!」

 ジュライは叫び返し、猛禽めいた片目で獲物を探す。サキュバスも負けじと、死霊もかくやといわんばかりの貪欲な目つきで狙いを定める。

「あんなに張り切らなくてもいいのにね。」

 メイが付いていけないといったふうに言う。その手には、塩味の効いた焼き立ての魚が刺さった串が握られている。

「な〜う。」

「はいはい、ジャニスにもあげるわね。」

 セフィーは優しげに言いながら、釣られたばかりの魚をそれ、と投げつける。ジャニスは身軽にジャンプしてそれを受け取り、豹のような身のこなしで近くの茂みに飛び込んだ。

「お土産はこれくらいでいいでしょうか?」

「ああ。」

 まな板の上の魚に仕込みをしているテスタメントと、クーラーボックスに魚を詰めるディズィーの会話ともいえない会話。ディズィーには、彼が放心しているように思えた。

「テスタメントさん?」

「何だ?」

 振り向いた瞬間、人差し指をざっくりと切るテスタメント。

「テスタメントさん!!指!指!」

「ん?んお!?」

「止血止血!あ、そうだ!」

 そういうや、テスタメントの指をパクリと口に含むディズィー。あまりの出来事に目が点になるテスタメント。だがディズィーはいたって真剣である。暫くしてから、彼女が口を離すと指は傷跡一つ無い綺麗な常態になっていた。

「ふう。舐めれば治るんですね傷って。」

「・・・いや違うと思うぞ。これはただ単にギアの再生能力だ・・・」

「・・・え?」

「・・・まさか本当にそうだと思っていたのか?」

 火の付きそうな勢いでディズィーが赤面する。どうやら自身の常識と世間の常識との誤差に、ここで初めて気付いたらしい。

「す、すみません!消毒!医療道具を!」

「いや、大丈夫だ。」

 慌てるディズィーをとどめ、テスタメントはちろりと自身の人差し指を舐める。固まるディズィー。

「しっかりと消毒してもらったからな。」

 そもそもいまさら消毒をしてもな、とテスタメントは心中で呟く。

赤くなって視線を泳がしているディズィーの姿を見ながら、テスタメント何気なくは話しかけた。

「その、ディズィー。」

「?何ですか?」

「いや、実は話したいことが・・・。」

 其の時、猫の悲鳴が聞こえ、茂みからジャニスが飛び出してくる。彼女はそのまま川辺の石に座って釣り糸を線香花火のように指先でつまんでたらしていたオーガスに飛びつき、自らが出てきた茂みに向かって威嚇する。

 何事かと全員が注目する中、茂みから現れたのは_________

「く、熊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!????」

 エイプリルが絶叫する。茂みから現れた身の丈5メートルはあろうかという巨熊は、日本名物怪獣のごとく二本足で立ち上がり、高らかに咆哮する。

「な、何あのありえない大きさ!?」

「ふう・・・」

「あ!こらオクティ!!ずるいよ一人だけ死んだ振りするなんて!!」

「馬鹿失神したんだよ!!」

 混乱する人間たち。それを嘲笑うかのように熊は咆哮し、ずしりと前に踏み出す。

「うわあこっちにきた!!」

 熊は四足歩行で一気に駆け出す。狙いは気絶しているオクティと、彼女を担いでいるサキュバスとジュライ!!

「ええいこれでも魔法生物よ!!かかってきなさ・・・・い!!??」

 二人をかばって前に出たサキュバスは、皆まで台詞を言う前に熊の前肢の一撃を喰らい、数十メートル吹っ飛んで木に叩きつけられる。

「サキュ!!」

「うう・・・まるで幕○内のデンプシーだわ・・・。」

 絶命もとい気絶したサキュバスにかわって、テスタメントが熊の前に立つ。そして、瞳孔が縦に割れた赤眼で、巨熊をねめつける。

 熊は喉を鳴らして威嚇するが、テスタメントは黙って、その実傍から見てもわかるほどの鬼気を放って、仁王立ちになる。しばしの沈黙。

 だが、その静寂は、突如響いた銃声に破られた。巨熊はテスタメントとのにらみ合いを中断し、もと来た茂みに駆け込んでしまった。

「おお〜い!大丈夫かぁ!?」

 みれば彼岸のほうから猟師のような格好をした五、六人男たちが手を振っていた。先頭の、白髪が混じっている男がもったライフルからは、未だに煙が出ている。

 

「いやぁ悪いな、ちょうど腹が減っていたところでね。」

 人懐っこい顔立ちをした男、ゼンが笑いながら言う。他の男たちも次々に感謝の辞を述べた。きけば彼らは麓の村の人間であるらしい。

「いやいや、遠慮なく食べてよ。命の恩人さんだしね。」

 メイがにこにこしながらかえす。実際のところ、テスタメントの威嚇が一番の効果を発していたのだが。

「あれは一体・・・?」

「マガキ・・・俺らはそう呼んでいる。」

テスタメントが尋ねる。答えたのは、白髪交じりの精悍な男、ジルだった。かれは年季の入ったライフルを丹念に整備しながら続ける。

「以前から北の山を縄張りにしていた化け物熊でな・・・。最近は山に入った奴を皆殺しにするようになった。だから・・・」

 そういって、ジルは新しい弾丸をセットし、くの字に折れていた銃身を元に戻した。

「祭りの前に狩ることになった。」

「う〜んありがちな台本。」

 サキュバスが小さな声で言い、ジュライは眉をひそめた。おそらくは、あの怪物の存在をそんな一言で片付けるサキュバスの精神を疑ったのだろう。セフィーやオクティなどは、未だに恐怖が抜けきらないらしく、青い顔をしている。

「熊・・・?」

 テスタメントは思案気な顔になる。

「どうしたんですか?」

「いや・・・なんでもない。」

 

 その後、テスタメント達は彼らに薦められるまま、館に帰ることにした。ジルたちは昼のうちに巨熊マガキをしとめるつもりらしく、マガキが逃げていった茂みの方に入っていった。

 

 

 

セッションU

 

てきにんしきにんげんかずろくさんがくえんきょりへいそうとぶんるいさいゆうせんじこう「てきたいそんざいのはいじょ」じっこうかいしひだんじょうひそしきけいそんしょうしゅうふくに0.05てきほそくまーかー1げきはりだつてきほそくひだりしかくけいにだめーじせんとうにししょうなしまーかー2げきはひだんかんせつけいにさんこうどうにししょうなしまーかー4のきけんしれべるをじょうしょうまーかー3げきはてきのてったいこうどうをかくにんついげきするまーかー5にせっしょく・・・きけんさくてきはんいないにAくらすのまーかーをかくにん・・・しょうかい・・・いちじかんまえのせんとうでーたーといっち。せんじゅつてきてったいをすいしょう・・・にんしょうこうせいてったいこうどうへいこうまーかー5をさいしゅうひょうてき・・・ぼうがい・・・まーかー4をろかく・・・まーかー5・6、きけんいきへとうそう・・・せんとうしゅうりょう・・・てったい・・・・・

 

 

 

「そんなことがね〜。」

 ジョニーは手に持ったコーヒーカップに口をつける。インスタントのブラックコーヒーを一口飲んでから感想を続ける。場所はまたもやジョニーの部屋で、今度はテスタメントから訪れた。

「それで結局話は切り出せなかったと?」

「うん・・・いや待て、どうしてその話題が出てくる?」

「さあて?それでテスタメントさんはそのマガキとやらにどういった感想をお持ちで?」

 からかう様なジョニーの口ぶりにテスタメントは眉をしかめる。

「確信したわけではないが・・・・」

 手に持ったカップを弄いながら続ける。

「あれは、魔法生物だと思う。」

 

同日 PM05:14 

 

 

 蝉も今は鳴りを潜め、山の中は静まり返っている。不気味なほどの静寂のなか、テスタメントの靴が土に跡を残す音がやけに大きく聞こえる。彼はいま、怪物巨熊・・・いや魔法生物・マガキを狩に来ていた。

 ジョニーと話をしている最中、彼らは銃声を近いところで聞いたのである。

 そしてにわかに館内が騒がしくなり二人で玄関口へ行ったとき、そこにはかなりの重症を負った村の男二人が運び込まれたところだった。

______俺のことはいい。奴を・・・マガキを・・・・畜生・・・化け物め・・・

 千切れてなくなった左腕を握り締めながら、ゼンは言った。

______ジルが・・・俺をかばって連れていかれた・・・

 テスタメントとジョニーの二人は、留守をメイとディズィーに預け、二人で山内へ分け入った。話しを聞くうちに、マガキの戦闘能力が動物のそれを大きく凌いでいる事がわかったからだ。なみなみならぬ再生能力に判断能力。テスタメント、ディズィーの二人が反応しなかった以上、相手はギアではない。消去法で、テスタメントの推測が当たっているのだろう。

 テスタメントは藪を掻き分けつつ、目を付けていた木に親指の腹を噛み切り、そこから流れ出た血液で模様を書き込む。定められた手法によって指向性を与えられた文字は、ぼうとおぼろげな光を放つ。

 相手がただの獣ならば、彼らの習性を研究している人間のほうが有利だ。だが相手は魔法の力によって作り出され、あらゆる戦況に対処するために徹底した改造が施されている兵器である。ものによっては、ギアをも凌ぐ性能を持つのだ。

 当然、人による追跡は不可能である。ならば________

「誘い出すまでだ・・・。」

テスタメントは静かに呟いた。

 

 それは、四足でこそなせる機動力のうち、最大戦速を選択して撤退行動に入っていた。鹵獲した敵対ユニットは排除し、現場での作戦維持のために補給物資としてすでに消費している。今彼は、警戒範囲内は侵入してきた敵対ユニットをやり過ごすために移動しているのだ。それが与えられた命令は敵対存在の排除ではあるが、それは無差別に攻撃を仕掛けることではない。あくまで指示された範囲内への侵入者に対する殲滅指令なのだ。無駄に戦い、使命を全うできないのでは意味が無い。

_______?

それは、疑問に思った。考ええる偽装工作をしながら防衛ポイントへ移動していたはずなのに、藪を抜けた先は見晴らしのいい原っぱだったのである。日もほとんど落ち、わずかに茜色が残る場所だった。

_______!

それは、恐怖した。

目の前に、新たな敵対ユニットとともに、Aクラスの敵対ユニットが存在していたからである。

 

 獣と血の匂いを撒き散らしながら、それはあらわれた。魔法生物・マガキの巨大さに、ジョニーは呆れたようにため息を吐いた。

「でか・・・・。」

「だからいっただろう。企画外れの大きさだと。」

 テスタメントは呟き、意識を集中する。たちまち、彼の服は見慣れた黒装束に変化し、その手に見るものを恐怖させるような色と大きさをした大鎌を握り締める。

 ジョニーもサングラスに隠された瞳を細め、右手に持った刀の鞘を握りなおす。瞬間_____

 マガキは凄まじいスピードで、背後の藪の中へ逃げ込んだ。

「おい、逃げちまったぞ?」

「問題ない。」

 テスタメントの言葉通り、数秒と立たぬうちに、先程掻き分けていった藪を割って、マガキが現れる。獣は数瞬困惑し、もう一度逃げ出して、また同じように戻ってきた。

「無駄だ。この場と周囲に仕掛けた術により、お前はこの場所以外のどこかへは行くことはできない。」

 テスタメントが張り巡らせた文様は互いに干渉しあい、特定した対象を誘い込む効果を発揮したのだ。

「もっとも術の対象にしたのはお前自身ではなく・・・」

 そこでテスタメントは言葉を切り、胸の悪くなるような音を立てて鎌を旋回させ、髑髏の取り付けられた頂点をマガキに突きつける。

「お前が食ったゼンの腕にだがな。」

 マガキは暫く周囲を見回し、やがて覚悟を決めたかのように咆哮する。周囲を震えさせる叫びが、戦いの合図となった。

 マガキの機動性は、その巨体に似合わず素早い。地面が爆発したかのように土を抉り、瞬きの間にテスタメントを射程内収める。そのまま、左手による横なぎの一撃を放った。テスタメントはそれを大鎌の柄で受け止める。威力にすればフルスロットの車の激突に等しいマガキの爪を、テスタメントはその細い体で受け止めきった。既に彼の体は、戦闘用の、ギア本来の構造に切り替わっているのだ。

今度はテスタメントのがら空きの左半身に向かって爪を振るう。しかし、その丸太のような腕は、振り切ろうとした瞬間にひじの辺りから切断されていた。

ゴオオオオオオォォォォォォオ!!!

「おおっと。俺を忘れてもらっちゃあ困るぜ!!」

 ジョニーが言う。必殺の居合い斬りは、さしもの魔法生物の動体視力でも捉えることはできなかった。

「ふっ!!」

 テスタメントが鋭い呼気とともに鎌を回転させる。左手もまた死神の鎌に刈り取られ、マガキは前のめりに倒れそうになる。その鼻面を、テスタメントは思いっきり蹴り上げた。

「一気に行かせて貰うぜ!!」

 ジョニーはそう叫ぶと、一枚のコインをマガキに向かって投げつける。コインは精神と法力を集中させるためのアイテムだ。絞り込まれた法力は鋼をおも断つことを、極限まで高められた精神力は疾風の抜刀を可能とさせる。

「ぜあああああああああああ!!」

 気合とともに、ジョニーは居合いの乱舞を放った。一瞬で五体をサイコロの様にされたマガキは、湿った音をたてて原っぱの上にちらばる。

「ふ、案外あっけなかったな。」

 ジョニーが剣先を払い、刀身に付着した肉片や血糊を払う。

「そう、だな・・・」

 テスタメント納得がいかないようで、凶獣の成れの果てを見つめていた。その時である。

「テスタメント!!」

ジョニーの焦りを含んだ声を聞いた瞬間、胸と腹を貫かれる感触。痛みは神経系により即座に遮断され、テスタメントは自身を傷つけたものの正体を確かめようとはせず、一瞬で精神を集中させ、周囲に法力を炸裂させた。その衝撃を受けて、テスタメントの体を貫いたものは消し飛んだ。彼は鎌を構えなおし背後を振り返る。

「何・・・?」

 眉をひそめる。そこには、先程彼自身が切断したマガキの左腕が転がっており、その表面を突き破るようにして、肉色の粘菌のようなものが現れたのだ。

「なんだこりゃあ!?」

 ジョニーもまた、マガキの右腕から次々と迫り来る肉蔦を切り捨てている。だがそれらは切ったそばから再生し、一向にその勢いを緩めない。

「擬態か・・・!」

 向かってきた肉の槍を鎌で弾き返しながら、テスタメントは呟く。魔法生物の中にはサキュバスのように異なった形態に姿を変えることができるよう設定されているものがある。おそらくマガキの場合は熊の姿がそれで、本体はこの粘体なのだろう。見れば先程細切れにしたマガキの肉片も集合し、両腕から現れた塊を取り込んで巨大な肉団子のような物体に変質している。

「斬撃が駄目なら!」

数条の肉芽を跳んでかわし、ジョニーは懐から取り出したウィスキーの瓶を投げつけた。

「燕閃牙!!」

マガキの眼前で両断する。法力によって発火の属性を与えられた斬撃に、アルコールという素材をプラスすることによって発生した爆炎が、マガキを飲み込む。摂氏1,000度を超える超高温の炎に包まれた肉塊は耳障りな奇声を発しながら、身もだえするように身を捩った。

「どうだ!?」

「いや、まだだ!!」

 そうテスタメントが答えた瞬間、マガキが爆ぜる様にして全身から蝕腕を迸らせた。ほとんど出鱈目に放たれたそれらは、逆に二人の判断を鈍らせ、対処を遅らせる。そして、一瞬の遅れは数倍のマイナス因子を引き連れてくるのだ。

「ぐあ!!」

「くっ・・・!!」

 ジョニーは肩を串刺しにされ、テスタメントは足を貫かれる。動きが止まったそこへ、大量の肉槍が突きこまれた!

__________!?

 瞬間、肉塊は瞠目したように身を震わせた。突き出した触手達は、すべて人の顔を模した切り株に受け止められていたのである。更にはテスタメントとジョニーの体が、どろどろの粘液に変わっていくではないか。

「かかったな肉団子!!」

 背後からの声。点瞬、マガキは強烈な衝撃を受け、吹き飛ばされる。続いて、五月雨のような抜刀が肉体をばらばらにする。だが、原生生物並みの再生・増殖能力をもつマガキに物理的なダメージはおろか、爆発物による燃焼も効果を示さない。細胞の一片でも生き残れば、再生は容易なのだ。

 凄まじいスピードで体細胞を融合させながら吹き飛んでいたマガキの肉片は、しかしある地点でその動きを止めた。いや、止められたのだ。どこからとも無く現れた血の色をした網に絡めとられたのである。マガキが元の肉塊の姿を取り戻したときには、血の網はミリミリとその体に食い込んで、身動きを取れなくさせていた。

「テスタメント!!」

 ジョニーが叫び、横に飛びのいて地に伏せる。その行動を推論する前に、マガキは巨大な魔力の収縮を感じた。その魔力の中心に、死神はいた。

「ナイトメアサーキュラー!!」

 恐ろしいほどまでの時間と魔力を必要とする召喚術をただその一言のみで完成させたテスタメントの目の前に、赤紫色に輝く魔方陣が出現する。そして、中からこの世のものとは思えない異形の怪物が現れた!

_________!!!!!!!????????

 叫び声をあげるように身を震わせるマガキを、怪物は一口に飲み込んでいった・・・・。

 

 

 

「やれやれ、これでジ・エンドか。」

 ジョニーが帽子のつばを払いながら言う。先程までマガキがいた場所は、土がむき出しになった地面が残っているだけで、あの醜悪な肉塊の姿はどこにも無い。テスタメントの召喚した魔法生物によって、細胞の一片にいたるまで溶解されたのだ。

「さあて、帰るか。お前さんはどうする。」

「・・・先に帰っていてくれ。」

 テスタメントは静かに答える。ジョニーは暫く彼に視線を向けていたが、やがてため息をつくと、一つ背伸びをした。

「そうかい。」

 

 

セッションV

 

 テスタメントはジョニーが歩み去るのを待ってから、館を出る前に調べておいた座標に空間転移する。そこは、ジェリーフィッシュ快族団もしらない、もう一つの軍事施設だった。そしてそれは、マガキが縄張りとしていた北の山でもある。

 施設の前に出現したテスタメントは、朽ちかけた扉をくぐる。情報どおり、そこは魔法生物の生成所だった。いくつもの無菌室や錬成室。大きな瓶の中には、形容しがたいいびつな生き物の死骸もあった。施設内を歩き回り、なんとか生きている端末を見つけ、調べる。そして、そのデーターはそこにあった。

 それは、この軍事施設の防衛用に開発されたものだった。施設から特定の距離に侵入する物を殲滅し、情報を漏れないようにする。また、それはサキュバスのような魔力ではなく、外部からの養分を摂取するタイプのモデルらしく、定期的なカロリー補給が必要なのだということも。

(・・・・だからなんだというのだ?)

 テスタメントは端末に映していた情報を消去し、別の作業を始める。波ある高度なプロテクトを掻い潜り、施設の防衛機能へハッキングをかけた。

 自分がマガキのことをしって、どうなると言うのだろう?凶獣は死に、彼はその役目から解き放たれたのだ。長く彼を呪縛していたものから。

(呪縛・・・か。)

 施設を守るということ。それが彼にかけられた呪縛だ。守っていたものがとうの昔に滅んだということにも気付かず、死ぬまで下された命令を守って。

そこで、テスタメントは気付いた。

マガキは自分に似ているのだ。他者の都合のためにギアに改造された自分と、人を殺すためだけにその一生をかけなければならなくなった自分と。

 マガキは、変わる前の、操り人形であったときの自分とそっくりだった。

 気が付けば、すべてのプロテクトを乗り越え、目的のシステムを呼び出していた。テスタメントはタイマーをセットし、その場から空間移動をする。

 

快族団の館を前にして、テスタメントは思う。自分ももしかしたら、マガキのようにかけられた呪縛に囚われてしまうかもしれない。そして、今度は自分が獣になり、狩人の手にかかるのだろう。

(ディズィー・・・)

 彼女の面影を思い出す。空っぽだった自分に、新しい生を与えてくれた少女。

最初は自分のためだった。

人としても、ギアとしても生きることができなかった当時の自分にとって、ギアでも人でもある彼女は神聖なものだった。彼女のそばでなら、テスタメントはその存在を保てたのだ。

 間違いを正してくれたのは、養父だった。

騎士の誓いを、そのあり方を、何より人としての存在意義を思い出させてくれた。

 二人がいてくれたから、今の自分はある。

呪縛は自らの心の中に、消えずに潜んでいる。

だが、自分は獣にはならない。

心のあり方を教えてもらったから。

 

 

 

 

続く

 

 

 

後書き

すみません。暦を見るのが怖いです。言い訳はしません。こんな駄作でも読んでくださる人がいるそうなので、何とか完結させたいです。頑張ります!目指せ年内完結!!

誤字脱字はご勘弁を〜