夏である。

 平均気温は25℃を突破し、蝉は儚い人(虫?)生を力一杯謳歌し、闇を裂いて蝙蝠がとびかい、その合間をぬうようにして蚊が人体にステルスアタックを刊行し、川原で恋人と見る花火に華を添えるのだ。添えると言ったら、添えるのだ。

 さて、夏と言えば海、花火、祭り______と言うのが一般的だが、もう一つ、絶好の遊び場がある。

 藪を掻き分け、群がる虫共を近代科学(いや魔法)によって撃退し、斜面を遭難の危険をともないながら踏破していく。行き着く先には、清涼にて静謐な安らぎの空間が______。

 そう、今年の夏は山が熱い_______。

 

 

山中異界 第一話

 

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 

Jury:15 PM2:24 「悪魔の住む森」大きな小屋

 

『てなわけでどうよ?』

 通信画面に映し出されたジェリーフィッシュ快族団が頭領、ジョニーが熱弁を振るった後にそう言った。小一時間身振り手振りを交えて演説したせいか、画面に映ったワイルドな容貌にはさわやかな汗が流れていた。

 何でも近頃行った活動がもとで政府に睨まれており、暫く活動を自粛しなければならないそうだ。その時間、ただ地下に潜るのもなんなので、去年のようにシークレットキャンプ(山内版)を行うらしい。それで、例の如くテスタメントにも話が回ってきたのだ。

「別段私は構わないが・・・・留守をどうするかな・・・。」

 そう言ったのは、このうだるような熱気の中で汗一つかかない黒衣の麗人、テスタメントである。二年前に比べれば、随分と感情を表に出すようになった彼は、僅かに眉を顰めた。彼の交友関係は、ジェリーフィッシュ快族団以外には無い。敵対関係なら五万といるが・・・・。

『それなら大丈夫だよ〜。』

 ひょこっと顔を覗かせたのは、長い茶色の髪をした活発そうな副団長メイだった。

『私たちの方から信頼できる人を派遣しておくからさ。』

 その一言に、テスタメントは考えるそぶりをした。彼らが言うからには、余程信頼されている人物なのだろう。サキュバスの知人に任せるよりは余程安心ができる。

「わかった。厄介させてもらおう。」

 そう答えると、遠距離用精密通信機の中から多数の歓声があがった。どうやら何人かが一緒にいたらしい。早速予定を立て始める声を背景に、日時と集合場所を教えてもらっていると_______。

『待った。姫様が一言あるってさ』

 ジョニーが言い、席を立つ代わりに青髪の愛らしい少女、ディズィーが座った。ちょっとはにかむように微笑いながら話し出す。

『どうもお久しぶりです。その後、変わったことは無いですか?』

「いや、特にない。最近はやってくる賞金稼ぎも減ったしな・・・。」

 知らずに目じりが下がる。定期的ではないものの手紙のやり取りなどはあるのだが、実際に顔を合わせる事はあまり無いのだ。お互い容易に通信機を使える立場でもないので、こういう時は二人にとって大切なものになっている。たとえ数日後に会えると分かっていてもだ。

『そうですか・・・。安心しました。今からキャンプが楽しみです。』

「私もだ。其の時はお前のビオラを聞かせてもらおう。」

 テスタの誕生日に来たときに、教えてくれと頼まれ、基礎やらなにやらを教えてあげたのだ。どうやら聞いているうちに自分で弾いてみたくなったらしい。そんなわけで、ビオラは楽譜ともどもディズィーに預けてあるのだ。

『まだ下手ですが・・・がんばります。』

 ふわりと、ディズィーが笑った。つられるようにして、テスタメントも口元で微笑む。まさに恋仲といった二人の様子に、他団員たちは一斉に手団扇をし始め、わざとらしく熱がり始めた。

『あ〜熱い熱い。気温が5℃位は上昇したね〜』

『誰か氷持ってきて〜このままじゃ干物になっちゃう。』

『黒服〜浮気するなよ〜。』

『浮気したらディズィーちゃんが泣いちゃうからね?』

『な・・・いきなり何を言い出すんですか!』

 ディズィーが気付いて色めき立ち、口論が始まる。彼女が本気なのに対して、メイ達は完璧にからかいモードである。暫くテスタメントはその状況を楽しげに静観していたが、途中でディズィーに気付かれ、赤くなった彼女に『切ります!!』と言われて通信をOFFにされてしまった。テスタメントはくっくっくと愉快そうに笑いながら席を立ち。直ぐ傍にある安っぽいカレンダーの数字に丸を付け、何事かを書き込んでから部屋を出て行った。

 その場には電源が落ちた通信機と、赤いペンで「キャンプ」と書かれたカレンダーが残されていた。

 

 

Jury:17 PM1:23 「悪魔の住む森」大きな小屋

 

「そもそも貴様に学習能力を期待したのが不味かったのか?」

 超絶的に不機嫌な声は、いわずと知れたテスタメントのものである。髪を蒼いリボンで束ね、半そでにジーパンと涼しげな格好に変装している。

「そうかもしれませんねぇ。」

 のらりと返すのは彼と契約した魔法生物サキュバスである。角を消し体色を変化させて人に化けている彼女は、右手に持った団扇で自身に風を送りながら我が主を見た。その視線を受けて、テスタメントは前にもこのような状況はなかったかと思う。

 出発前になって、テスタメントはサキュバスのバックから奇妙な匂いを感じ取り、急遽持ち物検査を開始したのだ。

「これは何だ?」

「狩猟用ショットガンです。兎から猪まで狩れますよ?」

「・・・これは?」

「デザートイーグル。マグナム弾を発射できるオートマチックです。アンチ・ベアー・ウェポンとしても活躍します。」

「・・・ではこれは?」

「チェーンガンですね。毎秒60発で専用弾を発射するガトリングガンです。プレデターにあってもこれで安心♪」

「・・・・・」

 テスタメントはそれらの火器を、乱暴に「要らない物BOX」に放り込む。サキュバスは不満そうに深深と溜息をつき、あまつさえ小声でけちと呟いた。テスタメントは眉根を痙攣させながら言った。

「どこの国にキャンプへ重火器を持っていくやつが居る?」

「いやぁ、備えあれば憂いなしっていうじゃないですかぁ。」

「ありすぎて憂いだらけだ・・・。」

 ドスのきいた声音で言われ、身の危険を感じたのかサキュバスは降参といわんばかりに両手を挙げた。

「解りました、解りましたよ!ちゃんと荷造りすればいいんでしょう?」

 そう言ってふわふわと己の主の隣までやってきて、バックから物を取り出し始めた。中からは拳銃、ライフル、マシンガン、終にはバズーカにロケットランチャーが出てきて、学生が使うようなバックのどこにそれほどのキャパシティがあるのかとテスタメントを呆れさせた。

特にやることも無くサキュバスの荷物整理を監視_____もとい観察していた彼は、バッグのポケットに赤い鉢巻とサバイバルナイフが入っているのを発見し、そういえばサキュバスが見ていた戦争映画にそんな物があったなと思い返した。弓で戦闘ヘリを落とすという妙な作品である。

(・・・映画閲覧禁止にしたらどんな顔をするものか・・・)

 取り留めの無いことを考えていると、サキュバスが終わりましたよ、と声をかけてきた。視線をやれば戦争が始められそうな量の重火器が理路整然と並べられ、サキュバスの転送魔術でどこかへ送られていくところだった。

「それでは行くぞ。」

 テスタメントは頷いて、己の荷物を肩に担いで外に出た。着替えと本くらいしか詰めていないので、身軽な物である。その後にタンクトップに短パン姿のサキュバスが続き、外で丸まっていたエグゼビーストが気付いてもこもこと顔を上げた。今回は彼(彼女?)も同行し、今は大きな犬の姿に擬態している。待ち合わせ場所が目的地の山の麓だからだ。

「今回ハ留守番ヲシナクテヨカッタデスヨ。」

 こちらを見て、顔を歪めて笑う。あからさまに犬の形が崩れる為、不気味なこと端ただしい。

「何時頃留守番さんは来るんですか?」

 サキュバスの問いにテスタメントは腕時計を見、

「二時過ぎに到着するそうだ。」

 そう答えた。今は50分を過ぎた所なので、会うことは無いだろう。

「ソレジャア早クイキマショウヨ。遅レタラ失礼デスカラ。」

「無論だ。」

 約束の時間は2時丁度なので、うかうかしても居られない。テスタメントはあらかじめ用意しておいた転移方陣を作動させ、空間跳躍のために法力を集中して己の下僕たちの移動先を特定させる。空間跳躍を使えない二体を跳躍させるには、それなりの手順が必要なのだ。

「・・・ゲート開放。転送開始。」

 テスタメントの言葉に反応し、先刻から足元で明滅していた方陣が暗い光を放ち、三人の姿がじわりじわりと空気に溶け込むように消えていく。

数瞬後、その場には何も無かったかのような静寂が広がっていた。

 

 

 

 

 

第一話 了

 

 

 

後書き:どうも。ここまで読んでいただいてありがとうございます。何と言うか出発前の荷造りネタは個人的に好きです。駄目駄目ですが・・・(汗)

 今回は山内キャンプです。お約束のネタを満載してお届けしたいと思います。ちなみに、ジェリーフィッシュが用意した留守番は某俳句家です。ははは(乾笑)。

 上の魔法のシーンはこうだろうか?という感じの予想です。よってかなり変な部分があると思います。また、私の中では転送魔術と空間転移は似て非なるもの、と言う認識があります。よって、サキュバスは転送魔法は使えても空間跳躍はできない、ということになっています。(苦しいですかね?)

 長くなりました。それでは機会がありましたら第二話で〜。