【ねえ知っている?桜の木が綺麗なのはね、
根元に埋まっている人から魂を吸っているからなんだって______】
花が咲くころ
著:ランシェオン・カルバレーナ
MAY・9 PM12:22 「悪魔の住む森」 桜の木付近
鳥のさえずりも心地よい春の日、故郷である日本ではもう見ることのできなくなった桜の木が、その生命力を誇示するかのように咲き乱れる中_____
根元に影一つ。
いや、影のように見えたのはその人物の衣服と髪のせいであって、そこにいたのは静かに瞳を閉じている青年だった。
鴉の濡れ羽色をした長髪は、時折駆けてゆく風に吹かれて生き物のように蠢いている。その中に浮き立つような肌は白蝋のようで、端整な顔立ちも手伝って魔的な魅力をかもし出している。
もっともそれは何処か現実離れしていて、遠目から見れば遺棄された死体のようでもあり_____やってきたジェリーフィッシュ快族団を驚かせるのには十分な威力があった。
「・・・テスタメントさん?」
青髪を纏めた大きな二つのリボンが特徴的な愛らしい少女、ディズィーが鈴のような声音で話しかける。反応なし。
「それ・・・生きてる?」
一升瓶を片手に持った眼帯の少女、ジュライが不穏な発言をする。花見をしようとジョニーが持ちかけたら、いい場所があると言われて来たのだが・・・・。この男が寝ている姿などディズィー以外は見たことが無かったので、その形容の仕方は実にこの場に合っていた。にわかに色めき立つ団員達。それに呼応するかのように、黒衣の青年は腰だけを支点にして操り人形のように上体を起こした。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!?????」
布を劈く悲鳴×12。互いの体を抱きしめあうもの、重箱を落としかけるもの、十字を切るもの_____ジョニーは顔を引き攣らせている。
それらを尻目に、白貌の青年はキココココとディズィーの方を向く。かなり不気味だ。
「おはようございます、テスタメントさん。」
「・・・おはよう・・・。待っていたぞ。」
怯える団員達とは裏腹に、にこやかに青年と挨拶を交わす少女。こちらもある意味異様である。
「随分深い眠りだったみたいですね。お疲れだったんですか?」
どうやら見慣れたものだったらしい。テスタメントは体の脇からジョニーの頭位の厚さがある本を取り出した。
「二週間ほど前古本屋で見かけて以来ずっと読んでいたのだが、さすがに眠くなってしまった。・・・なんだその目は・・・?」
団員達の視線に気付いたのか、彼は僅かに片眉を上げる。
「いや、まあ、なんだ・・・随分綺麗な桜だな。」
「ああ、現存する木の中では古いほうだろうな。この地に何故桜の木があるのか疑問が残るが・・・。」
ジョニーの話題の転換に、テスタメントは食い付いた。ホッとする少女達。
「まあなんだっていいじゃん!!宴会宴会っと!!」
メイの言葉に、団員達は宴の準備を始める。作業の邪魔にならないように、テスタメントは横にどいた。其の時ポツリと一言。
「花見は花を愛でるものだぞ・・・?」
それを聞いたジョニーが、メイと視線を合わせてにやりとする。
彼はまだ宴の真実を知らない_______。
「最初はグーー!ジャンケンポン!!っっっっもらったああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁ負けたぁぁぁ!!!」
エイプリルの盛大な悲鳴が轟き、驚いた鳥達が逃げ出していく。少し前から始まった、叩いてかぶってジャンケンポン大会はジュンが五連勝中だ。肩を落とすエイプリルに向かって、己の強さを誇示するかのようにハリセンをかかげている。
「テスタメントさんもチャレンジしてみたらどうですか?」
隣に座ってサンドイッチを食べていたディズィーが言う。テスタメントは空のグラスを揺らしながら答えた。
「やってもいいが・・・多分勝負にならないと思うぞ。」
文字道理人間離れした動体視力と反応速度を持つ彼では、確かに団員たちでは相手にならないだろう。
「なら俺とやらないかい?結構面白いぞ?」
ジョニーが隣に座り酒を注ぐ。銘柄はDAIKINJOU。
「む・・・。」
予想外の申し出に小さく唸る。やってもいいと言ってしまった以上、退くわけにも行かない。それにディズィーの期待に満ちた視線が痛い。テスタメントは少し考えるようにグラスを傾け、そして言った。
「いいだろう。」
向き合って座り、互いの心を読みあうかのように見詰め合う。斬りあいをはじめるのかというほど張り詰めた空気に、団員達は静まり返っていた。
「「・・・最初はグー!!」」
握られた拳が突き出され、お互いの次の手を探りあう。彼等のような達人のレヴェルでは、手が出される直前の拳の形を見るのではなく、互いの心を読みあうのだ。
「「ジャンケンポン!!」」
お互いの手が出された瞬間、テスタメントの手は疾風の速さでヘルメットを掴み、ジョニーはハリセンを突き抜けるように振り上げていた!!
___乾いた音。ヘルメットがハリセンを防いだのだと周囲が気付いたときには、彼等は次の手を出しており、攻防は瞬きする間に入れ替わっていった。
このとき、子供の遊戯は確かにその辺の格闘番組を超え、その試合・・・いや死合は観客達にかつて無い緊張と興奮を与えた。
一見して互角に見える勝負だが、僅かにテスタメントの方が優勢のようだった。やはりギアの能力にはかなわないのか・・・・何度目かの攻防の末、テスタメントが防御に回ったとき______
赤十字が描かれたヘルメットが、彼が定位置としていた場所から一センチ程離れていた。そう、たったの一センチ。だがそれは、達人同士の対決においては致命的な距離となる。
ジョニーが雷光の速さで振り下ろしたハリセンから、ヘルメットは一センチ分遅れていた。
小気味のいい音・・・・ひらりと一枚、桜の花びらが散る。ジョニーは脱力した体を片手で支え、テスタメントは仰向けに倒れる。お互いの頬を汗が伝う。それまでの静寂を破って、歓声が森に響き渡った。
「勝者、ジョニー!!!!」
いつの間に現れたものか、紙袋を持った巻き角の少女、サキュバスが声高らかに勝利宣言をした。
「さて、宴も佳境に入ったし、本来の目的に移るかね。」
「目的・・・?」
先程の壮絶な一騎打ちから暫くして、サキュバス、エグゼビーストを加えた花見_____いや宴会は大いに盛り上がり、あたりには空の重箱やら酒瓶やらが転がっていた。
テスタメントの疑問に答える事無く、義賊達はその視線をテスタメントに向けた。少したじろぐ。
「「せ〜のぉ」」
ジョニーが身振りでタイミングを計り、団員たちはどこからとも無くクラッカーを取り出した。
「「誕生日おめでとう!!」」
盛大な祝辞と破裂音。色とりどりのテープをかぶったテスタメントは唐突に思い出した。
「・・・そうか。5月9日・・・私の誕生日・・・。」
「いや〜去年はプレゼント贈っただけだったからな。今年はちゃんと祝おうと・・・ディズィーにせっつかれてな。」
「あ・・・ジョニーさんどうして言っちゃうんですか?」
ディズィーはそういうと、テスタメントにむかってはにかむように微笑う。左手の薬指で、指輪がきらりと光ったような気がした。
「というわけでこれがプレゼントです。」
サキュバスが先程持って来た袋を開ける。そこには、革表紙にアルバムが入っていた。
「これは・・・」
促されるままに開くと、一昨年のクリスマスや、夏のひと時を収めた写真が貼られていた。それぞれの写真に、違う筆跡でコメントが書かれている。最後の、去年のクリスマスの時に撮った集合写真には一言_____
「Family・・・・・」
そう書かれていた。テスタメントはその文字を指先でなぞり、改めて写真を見る。ディズィーの隣に立つ自分は、片眉を上げてこそいたが、たしかに微笑っていた。
「それと、これは私個人からです。」
そう言ってディズィーが差し出したのは、四葉のクローバーをあしらった栞だった。エメラルド色に輝く葉の部分には、丁寧に彼の名前が刻印されている。
「気に入ったか・・・?」
顔を上げれば、団員たちが神妙な面持ちで自分のことを見ていた。テスタメントはアルバムを閉じ、一言答える。
「ああ・・・・・ありがとう。」
テスタメントは、周囲が驚くのを自覚した。なぜならば、自分でもわかる程はっきりと笑顔を浮かべていたから。
宴はその後更なる盛り上がりを見せ、ほぼ全員が酔いつぶれたことによって幕を下ろした。
テスタメントはディズィーと一緒に運んできた毛布を、幸せそうな顔で眠る団員達にかけてやり、一人桜を見上げる。常人なら致死量である程のアルコールを摂取しても、ギアである自分には関係ない。
隣にやってきたディズィーが、甘えるようにもたれかかってくる。彼女の細い腰を抱き寄せると目があった。彼女は少し恥ずかしそうに笑い、自分もつられて微笑んだ。
大木は、最初見たときよりも鮮やかに見えた。あたかも、その影の下で眠るジェリーフィッシュ快族団の熱気を吸い上げたかのように。
ならば、とテスタメントは思う。
自分の笑顔は、彼女から貰ったのだと。
余談であるが、日没前に目を覚ました団員達が別れを惜しみながら去った後、テスタメントが改めてアルバムを開くと、集合写真の下に桜の前で寄り添う男女の写真が新たに貼られており、一言
「Lovers」
と書いてあった。
鬼の形相で筆跡鑑定を始めた彼が、「旅に出ます♪」と書かれた紙片を見つけるのは数分後のことである。
了
後書き
ええ〜今年はなんとか書くことに成功しました。誕生日話。って最後のほうしかLoveして無いじゃん!!なんだ上の一騎打ちは・・・
反省だらけです。よくわからんものを引用してしまったし・・・・。
感想などあればうれしいです。それでは〜。