今年もあと僅かという時______

常人なら絶対に立ち入らず、ましてや郵便など届くはずも無い「悪魔の住む森」に、一枚の手書きの手紙が届いた。

 

清しこの夜 〜買い物篇〜

 

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 

『〜招待状〜

  我が友テスタメント殿、明後日に行われる我らが団員ディズィーの誕生パーティーに貴殿を招待する。

 持ち物は彼女への誕生日プレゼント。服装は自由だが、TPOをわきまえるように。いつもの黒服は却下する。

  尚、出席しない場合は貴殿に差し上げた通信機を使って連絡するように。ちなみに今月の通信担当は

ディズィーである。

  ジェリーフィッシュ快族団一同貴殿の来訪をお待ちしている。

                   親愛をこめて。   ジョニーより                』

 

頭の中で手紙の文面を反芻する。もちろんパーティーには参加するつもりだ。プレゼントも既に用意してある。あとは・・・。

TPOをわきまえた服だった。

 

 

 Decembar:21 13:24 街中 ブティック前____

 

 テスタメントは大きめのサングラスをかけなおしながら前を見た。そこには貧乏人お断り、と言う文字が目に浮かぶような高級なブティックが鎮座している。ショーウィンドウからは、煌びやかなドレスと小物で着飾ったマネキンが無機質な視線を送っている。

彼は少し気後れしていた。人生長しといえど、人間のときは聖職者、ギアになった今は世捨て人同然の暮らしをしていたのだ。このような場所に訪れたことなど一度も無い。それに、周囲の視線が気になる。もしこんな街中でギアだとばれたら買い物どころではない。もっともテスタメントに向けられた視線は美人を見つけたときのそれでしかなかったが。

暫くクリスマス風に飾られた看板を見つめていたが、変装もしているのだから大丈夫だと自分に言い聞かせて扉を開けた。全てはパーティー出席のために・・・。

 

カランカラン、と扉につけた小さな鐘が来客を告げた。カウンターに座っていた男____この店の店長は視線を横に向ける。

(・・・あら。)

 思わずうなった。少し挙動不審な態度で入ってきた客は、中々の美人だった。見事なプラチナブロンドを無造作にリボンで結んでいる。目元はサングラスでわからないが、シャープな顎のラインと、すっとした鼻梁から、端正な顔立ちだとわかる。

 背の高さから、男性なのだろう。どこか解け始めた氷解のような雰囲気がある。

(・・・美人ね。)

 どういう訳か女口調の優男ふうの店長は、部下に自分が相手をする、と指示を出して立ち上がった。男女の区別無く綺麗な人間にふさわしい服を選ぶのが彼の最高の楽しみなのである。音も無く歩み寄りながら、どんなドレスが合うか妄想してみた。

(・・・あの銀髪にあわせるなら、やっぱり黒系がいいわよね。それとも、白がいいかしら。髪には花をあしらった飾りでも・・・)

 店の中央まで来て、脱いだコートを畳んでいた美人さんは落ち着き無く辺りを見ている。声をかけるに至って、即座にドレスの構想を消去し紳士服のアイデアをまとめる。

「いらっしゃいませ、お客様。」

 服に合わせるアクセサリーに目を留めていた美人さんは、驚いたように振り返った。

 

(な、なんだこの男、気配がしなかったぞ・・・。)

 突然後ろから声をかけられたので、テスタメントはかなり驚いていた。ギアである自分に気付かれないで接近するとは、只者ではない・・・。

「どのようなものをお探しなのかしら?」

「あ、ああ。友人からパーティーに招待されたんだ。・・・申し訳ないが、それらしい服を選んではくれないか?」

 こういう店での受け答えは一応勉強してきた。どういうわけか姉御口調の店員はかしこまりました、と言うと、カウンターの椅子を勧めてから奥のほうへ行ってしまった。椅子に座り、サービスなのか、出されたお茶を飲みながら待っていると鐘の音が聞こえた。何気なく振り返って見る。新しい客は金髪に端整な顔立ち_____

 カイ・キスク!!

テスタメントは素早く前に向き直ってずり下がったサングラスを元に戻した。まずい。なぜ奴がこんなところに?

 カイの視線を感じる。・・・感づかれたか?

 

 店内に入ると、銀髪の人物と目が合った。が相手は慌てたように顔をそらしてしまった。

・・・怪しい・・・。

 最近培われてきた警察の勘がそう告げていた。カイはカウンターに近づきながら銀髪の人物を観察する。背の高さから、男性だろう。暫く見つめる内に、今度は聖騎士の勘が働いた。あの人物は幾つもの修羅場を潜り抜けている。

「いらっしゃいませ、お客様、どのような御用でしょう?」

「カイ・キスクです。先日頼んだ礼服の手入れが終わったというので来たのですが・・・」

 そういってポケットから用紙を出す。店員はそれを見てから、

「確かに・・・。キスク様、少々お待ちください。」

 カウンターの奥の部屋へ行った。カイはさりげなく銀髪の人物の隣へ座った。

「今日は。」

 にこやかに挨拶する。少し間をおいてから、挨拶が返ってくる。奇妙にくぐもった声だった。

「風邪ですか?体調が悪いように見えますが。」

「ええ、ちょっと喉を痛めていて・・・。」

 質問する最中も、相手のことを観察する。横顔しか見えないが、その端整な顔立ちはどこかで見たような気がした。どこだったか・・・。

「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

「き、気のせいでしょう?」

 ゴホゴホ言いながら答える。怪しく思い、さらに追求しようとすると___

「お待たせしました、キスク様。」

 ビニールに包まれた礼服を持って、店員が戻ってきた。不振人物との会話を中断し、礼を言って服を受け取る。

「それではお大事に。」

「ええ・・・。貴方も。」

 銀髪が頭を下げた。そのとき、サングラスから二つの赤い目が見えた。一瞬黒衣の男が脳裏に浮かぶ。

「お待たせしました、お客様、このようなものはいかがでしょうか?」

その映像が焦点を結ぶ前に目の前の客が呼ばれ、やってきた姉御口調の店長と話し始めてしまった。そうして、店長が見繕ってきた服を何着か選び、試着室へ行ってしまう。

釈然としないまま店を後にしようとしたそのとき______

 

「動くな!全員動くんじゃねえ!!」

 

 突然の怒声に、気味の悪いほどぴったりの赤い服を試着していたテスタメントはカーテンの隙間から外を覗き見た。

拳銃、マスク、分厚いサングラスを装備した五人の男たちが、店内に乱入していた。強盗の類だろう。

「・・・なんでこんな連中ばっかりくるんだ・・・。」

 思わず愚痴をこぼす。カイに強盗、今日は天中殺なのか?

 強盗は素早く店員を人質に取り、カイの動きを封じている。あるものはレジの中身を、またあるものは高そうな服やアクセサリーを鞄に詰め込んでいた。

「まずいな・・・。」

 カイは人質をとられて動けない。普段なら強盗など気にも留めないが、自分が買い物をする店で行われるのでは話が別だ。この服を持って空間転移するという案も浮かばないでもなかったが、ディズィーの誕生日に盗品を着ていくのは気が引ける。

「やれやれ・・・。」

 テスタメントは腰を落とし、そのまま外へ飛び出した。

 

 狙うのはもっとも近くにいた覆面。相手がこちらに気付く前に、首筋を強打。倒れる横を走りぬけ、振り返った二人目の鼻の下を突く。異常に気付いたグラサンの拳銃を払ったとき、カイに目配せをする。テスタメントの動きを唖然としながら目で追っていたカイは、即座に反応して人質をとった強盗の顔面に鋭い突きを食らわせた。三人目をテスタメントが昏倒させたときには、カイの手によって最後の一人は押さえつけられていた。

「強盗行為の現行犯により、お前たちを逮捕する!」

 カイが毅然と言い放ったとき、テスタメントは少し後悔した。

 サングラスをはずしたままだ_____。

 

 強盗犯達を地元の警官に引渡し、カイは変装していた男_____テスタメントの事を見た。

「私のことはどうするんだ?処分しないでいいのか?」

小さな声で話しかけてくる。その言葉には敵意があった。

「・・・ここには何の目的で来たんだ?」

何故ギアである彼がこんなところにいるのか非常に興味を持った。糊の利いた赤服を着た死神は暫く黙っていたが、さも言いにくそうに

「パーティーに招待されたからだ。」

といった。一瞬、カイはキョトンとし、それから大きな声で笑い始めた。周囲の人間は何事かと彼を見、テスタメントは忌々しそうに眉根を寄せる。

 可笑しかった。死神と恐れられたギアの口から、嘘をついたわけでもなさそうにパーティーと言う言葉が出てきたのだ。

「・・・・おい。」

 怒ったのか、声音を低くしてテスタメントが呻いた。それも笑いを誘う。少なくとも、数年前迄は今のような感情表現などしなかったはずだ。

たっぷり一分間笑った後、痛み出した横隔膜を押さえてカイは言った。

「い、いや、今日のところはやめておこう。もうすぐキリストの聖誕祭だ・・・。主も恩赦をくださるだろう。」

 改めて目の前のギアを見る。凍りのような雰囲気は相変わらずだが、少しだけやわらかくなったような気がする。

「それでは、いい年を。」

 そう言って、礼服を小脇に抱えてブティックを後にする。騎士の心を変えたのは、彼が守っていた姫だろうか?

 

 

 くそ、散々笑いおって・・・

先程の出来事を反芻しながら、試着をしていると店長に声をかけられた。幸い、この店長はテスタメントの事を知らなかった。

「お客様、よろしいかしら?」

 生返事を返すと、カーテンが開けられた。

「・・・よくお似合いですわぁ。」

 店長が言う。今テスタメントが着ているのは、黒い燕尾服だ。どことなく軍隊の礼服のような感じだが、シンプルなつくりが気に入ったのだ。

「代金は・・・」

「いいえ、恩人から代金など受け取れませんわ。どうぞ貰ってください。」

 最初は断ったテスタメントだったが、熱心な店長の物言いに折れた。

「わかった・・・。すまないな。」

「いえいえ、お客様の喜びこそわたくしのよろこびですから。」

 服を包んでもらい、再度礼をいってブティックを後にする。

  外では雪が降り始めていた。

 

 

 

 

   Fin

 

 

 

 

 後書き:駄文ですね・・・すみません。思うままに書いてきたらこんなんになりました(汗)。さ、寒いよママン。次回はメイシップが舞台です。著者は設定資料など一切持っていないので、がんがん捏造設定がでてくるでしょう(笑い)。今年中に完成なるか!?

それでは〜。