第三話

 

 

ランシェオン・カルバレーナ

 

 

Jury:5 PM:58 海岸

 

「海だぁぁぁぁ!!」

 青空の下に響き渡る歓声。駆け出していく若者たちを見ながら、テスタメントは持ってきたビーチパラソルや荷物を浜辺に置き、膝位まである水着の裾を払う。一昨日からずっとドッグの中にいてメイシップの整備をしていたため、太陽が一層眩しく見える。何故そんなことになったかといえば、J・F快族団のメンバーはそろって夏休みの宿題を先に済ませるタイプだったからだ。

「厄介ごとは早くに済ませる。」

 とはJ・F快族団団長ジョニーの言葉だが、メイッシプのオーバーホ−ルが本来の目的であるため、本末転倒といえよう。

「やれやれ・・・。」

 荷物を放り出し、一目散に海へ駆けてゆく少女たちの姿に苦笑しながら、デッキチェアやらシートやらと格闘を始めると、瑞々しい声をかけられた。

「手伝いましょうか?」

 ディズィーだった。白いワンピース型の水着を着用し、普段まとめている髪の毛を解いているため、一瞬誰かわからなかった。

「あの・・・似合っていますか?」

 知らぬ内に妙な表情をしていたのか、ディズィーが不安そうに聞いてきた。

「いや、大丈夫だ・・・。よく合っている。」

 こんな言葉しか使えない自分の口に悪態をつきたくなったが、彼女はうれしそうに良かった、と笑っていた。

「・・・それじゃあ、そっちの端を押さえてくれ。」

「わかりました。」

 言われて、ディズィーが端を掴み、テスタメントと協力して大きなシートを広げ終えた。あらかじめ用意しておいた重石を八箇所に置き、デッキチェアを組み立てる。

「・・・?泳ぎに行かないのか?」

サキュバスが手に持ったマシンガンタイプのウォーターガンを乱射しているのをながめながら尋ねた。手伝いを終えたのに、ディズィーは遊びに行こうとしない。

「泳ぐのはあまり得意じゃないんです。」

 言いにくそうに言ってから、テスタメントの隣に座る。その言葉に

「私でよければ教えるが?」

 と言った。一瞬彼女はキョトンとしたが、すぐに

「それじゃあ、お願いします。」

 と答えた。テスタメントは唇の端で微笑むと、ディズィーに向かって手を差し出す。彼女は少し恥かしがりながら、その手をとった。

 

「泳ぐときは基本的に体の力を抜けばいい。人体(といっていいものか判断しかねるが)は浮くように出来ているからな。」

「判りました。」

 浅瀬にて行われる事となった泳ぎの特訓。テスタメントの説明を聞いたディズィーは、何とか浮こうとするのだが、その度沈んでしまい慌てて起き上がる始末であった。

「う゛〜・・・。」

 髪の毛から海水を滴らせながら眉を八の字にして彼女が唸る。

「これは・・・・不得意以前の問題だな・・・。」

 そう呟いてから、顔を赤くして俯いているディズィーのことを見る。視線に気づいて身を小さくしている仕草が可愛くて、思わず彼女の濡れた頭に手を置きながら言った。

「大丈夫だ。孤児院を経営していた時泳げなかった子もいたが、教えてあげたら泳げる様

になった。お前の場合は泳ぐ機会が無かったからだろう。慣れれば何とかなる。」

「・・・・はい。」

 なんだかいいムードになりかけたその時_____

 突然横殴りの衝撃がテスタメントを襲い、2mほど飛ばされてから海面に突っ込んだ。

「テスタメントさん!」

 悲鳴をあげて駆け寄ると、海水を跳ね上げてテスタメントが起き上がった。

「サキュバス!一体何だ、それは!!」

 彼が睨み付けた方には、大きな筒のような物を肩に担いだサキュバスがおり、何人

かの団員と興奮した面持ちで騒いでいた。テスタメントの叫び声に、感極まったと言わん

ばかりに答える。

「どうでしたかご主人様!これウォーターバズーカっていって、ノーベルが作ったんですよ!!これなら熊だって仕留められますよ!!」

 名前を呼ばれて、隣にいた快活な表情の少女がビッ、と親指を立てた。

「そんなものを人に向けるな!!殺す気か!!」

「大丈夫です!ご主人様なら殺したって死にません!!」

 あまりにはっきりと言われてしまったため、返す言葉がなくなってしまった。呆然と立

ていると、ディズィーが二人のやりとりを見てクスクスと笑っているのに気が付いた。

「あ、すみません。」

 まだ笑いながら、渋面のままの彼の手を引っ張った。

「行きましょう。お茶の時間みたいです。」

 されるがままにしながら、テスタメントは空を仰いだ。青空に雲が混じり始めていた。

 

同日 PM8:22 館 談話室

 

 5時頃から降り始めた雨はいまだ降り続き、団員+客二名は夜の団欒を過ごしていた。

「明日までには止むでしょうか?」

 窓際に立っていたディズィーは不安そうに外を見ながら尋ねた。水色のワンピースを着ており、リボンはしていない。今いるのは館の二階、西側にある談話室だ。食後の団欒として集まっていた団員達は一人二人といなくなり、彼ら二人しかいない。テスタメントは読んでいた本から目を離し、窓のほうに視線を向ける。薄手の長袖シャツに、ジーンズを履き、リボンで髪をまとめている。

「だいぶ雨足が弱くなってきているから、大丈夫だろう。」

 事実、降り始めていた時から小雨程度だったので、もうすぐやむだろう。彼女はそうですか、と安心したように言った。だが、首から提げたロザリオをいじっていることから見ると、やはり不安らしい。

「何を読んでいるのですか?」

暫くして、歩み寄ってきたディズィーが隣に座りながら言った。テスタメントは詩織を挟みながら答える。

「日本の古い小説を写して再販売を繰り返されたものだ。」

「なんていう題名なのです?」

「姑獲鳥の夏。作者は不明だ。読んでみるか?」

ディズィーは差し出された本を手に持ち、流し読みをしてみたが、

「私には・・・ちょっと難しい本ですね。」

 と苦笑した。それからポツリポツリと短い会話が続き、暫くすると肩に重みを感じた。見ると、ディズィーが彼の肩もたれかかって規則正しい寝息を立てていた。一昨日まで働き詰め、昼間は遊び詰めだった為疲れているのだろう。

 口元をわずかに緩ませると、起こさないように注意しながら彼女を抱きかかえ、ディズィーの部屋まで歩く。落とさないように気をつけながらドアを開け、奥のほうに設置してあるベッドの上に寝かせると、立ち去ろうとした途中で、腕を引っ張られた。見ると、ディズィーがいつの間にかテスタメントのシャツの袖を握っている。

「・・・やれやれ。」

 穏やかな寝顔を見ながら苦笑する。ベッドの端に腰掛、彼女の髪をなでる。

「・・・ん・・・。」

 小さく呻くと握る手に右手が加わった。抱きしめたい衝動をこらえる代わりに、なでていた髪の毛を人房つかみ、口付けする。転送魔法で置いてきた本を呼び寄せ、片手で器用に読み進める。

 結局彼女が起きたのは翌日だった。

 

Jury:7 AM6:15 館 食堂

「お〜い、テスタメント。」

 声をかけられ振り返ると、ジョニーが二人掛けの席に座って手招きしている。今日の朝食はバイキング形式で、いくつかの席が点在している。テスタメントは朝食を乗せたトレイを持ち、勧められた席に着く。

「元気か?」

「まあな。」

 ポテトサラダを食べながら答える。すると、ジョニーは神妙な顔をしてキリマンジャロをすすった。暫く間をおいた後、なあ、と声をかけられる。

「なんだ?」

「・・・おまえ昨夜ディズィーと部屋で何してた訳?」

 飲んでいた紅茶でむせ返る。

「な、何を突然に!いや、なぜ私がディズィーの部屋にいたことを知っている!?」

 本気で驚いた。いつの間にかディズィーが手を放していたため、部屋から空間跳躍で直に自室にとんだのだから、見られた訳はないだろう。彼女を部屋まで連れて行くときに人と出くわした訳でもないから、こちらの可能性も無い。考えこんでいると、ジョニーがクックック、と人の悪い笑い声をあげた。

「十一時ごろお前さんの部屋を訪ねてみたら、いなかったんでね。鎌をかけてみたのさ。」

 やられた____引っかかってしまった己を呪う。が、その間も悪人声は続く。

「その様子じゃ図星だったみたいだなぁ?俺とお前の仲だ、気兼ねなく話せ。場合によっちゃあ、赤飯を炊かせるが?」

 何か妙な方向に勘違いしているため、はぐらかすよりは正直に話したほうが良いだろう。テスタメントは事の顚末を短く語った。

「な〜んだ面白くねぇ。俺としてはもう少し大人な展開を予想してたのによ。」

「うるさい・・・。」

 投げやりに答えながら、クロワッサンをちぎる。時々この男の思考回路がわからなくなる。

「おっとこんな時間だ。そいじゃ。」

 言いたいことだけ言ってさっさと言ってしまった。暫く意気消沈していると、海族帽子をかぶった黒猫、ジャニスがこっちを見ているのに気が付いた。

「・・・なんだ?」

 なんとなく問いかけてみると、ジャニスは唇の端を歪めて笑った。呆気にとられていると、黒猫はテスタメントの横を通り過ぎて別のテーブルへ向かっていった。

「・・・猫に笑われるとは・・・。」

 虚しい。

 

同日 PM1:11 海岸

 

「う゛〜。」

 雲ひとつ無い____とは言いがたいが、なかなかの快晴だった。今日は昨日よりやや西のほうにある岩場まで来ており、釣りを楽しむ者や石の下に隠れている海の生物を探す者など、それぞれ楽しんでいるようだ。サキュバスなどはジュライと一緒に銛を携え、海に乗り込んで行った。そして、ディズィーはテスタメントと一緒に少し離れた場所で水泳訓練だ。

 例の如く沈んでしまったディズィーは海の中で座り込んでいる。その光景を見ていたテスタメントだが、ふと気づいたように言った。

「ディズィー。もしや息を吐き出しているのではないか?」

 水面に浮かぼうとしている最中にあがっている気泡の量から推測したのだが、

「え・・・?そうですけど?」

予想的中。キョトンとして答えた彼女に、テスタメントは言った。

「空気を肺の中に溜め込むようにしてみろ。後は体の力を抜け。」

「はい。」

 言われたことを復唱しながら海面に身を浮かべる。今度は____浮いた。

「見ましたか、テスタメントさん!浮かびましたよね?」

 顔を上げ、こちらに駆け寄ってきたディズィーの頭を撫でながら、テスタメントは笑った。

「よくできたな。後は基本的な泳ぎ方と息継ぎだけだ。」

 浮かべるようになってしまえば簡単なもので、一時間とかからずにディズィーは息継ぎとバタ足をマスターした。

「よし、最後の仕上げだ。」

 そういうと、テスタメントは浅瀬から50mくらいのところまで泳いでいった。そこからディズィーに声をかける。

「ここまで泳いでみなさい。」

 そう言われて、彼女は少し躊躇ったようだ。今まで練習していた浅瀬と違って結構な深さがある。海水が長身であるテスタメントの胸くらいの高さまであるので、ディズィーなどは呼吸するのも一苦労だろう。

「大丈夫だ。ちゃんと泳いげたら褒美をだすぞ。」

 冗談めかしに言う。暫く彼女は俯いていたが、意を決したように顔を上げると、

「ちゃんと見ていてくださいね!」

 そう言って泳ぎだす。時々方向がずれたりするが息継ぎをするときに位置を確認し、初めて長距離に苦しそうにしながら懸命に泳いでくる。テスタメントは自分で言い出しておきながら、かなり心配して見ていた。はらはらしている内に、ディズィーが近づいてきた。あと10m・・・7m・・・4m・・・3、2、1・・・。

 ディズィーの指先がテスタメントの体に触れ、その手を掴んで引き寄せる。

「よくやった、ディズィー!」

 そのまま抱き寄せ彼女の顔を覗き込むと、疲労しながらも笑顔を浮かべていた。

「つ、疲れました・・・。でも、ちゃんとここまで泳ぎましたよ?」

「ああ。今回教えたことを中心にすればもっと泳げるようになるぞ。」

「ありがとうございました。本当に・・・・。」

 そういいながら、テスタメントの首に手を回してきた。回された手にほとんど力が入ってなかったため、ディズィーのことをさらに抱き寄せる。

「それじゃあ、戻るか。」

 浜辺に向かって歩きだそうとしたら。つんつんと髪を引っ張られた。

「・・・テスタメントさん、忘れたのですか?」

「・・・何を?」

 聞き返すと、彼女は頬を膨らませた。

「ちゃんと泳げたらご褒美を出すって言ったじゃないですか!」

 その言葉で思い出し、テスタメントは一瞬考え込んで視線を逸らしたが、すぐにディズィーの目を見ると、その唇に己の唇を重ねた。瞬間、ディズィーは体を強張らせ目を見開いたが、すぐに瞳を閉じされるがままになった。約三十秒間の間そのままだったが、テスタメントの方からゆっくりと離れた。

「・・・これでいいか?」

 その言葉に、ディズィーは顔を赤くしたまま頷いた。

「さあ、皆のところへ行こう。」

 口元に笑みを浮かべながら言った。

 

同日 PM7:31 館 談話室

 

「テスタメントって以外にやり手だったんだね〜。」

 感心したように、エイプリル。

「本当本当。てっきり甲斐性なしだと思ってたのに。昼間のあれには驚かされたわ。」

 相槌を打ちながらジュンが言った。チャームポイントのツインテールを揺らしながら、うんうん、とうなずいている。

「あの、そういう言い方はどうかと・・・。」

伸ばした髪を三つの房に結び、前髪のせいでほとんど目が見えない少女、オクティがたしなめた。昼間彼女達は釣りをしていたのだが、なかなか釣れずポイントを変えているうちにこの場所に着き、偶然二人のキスシーンを目撃してしまったのだ。

「だってね〜。」

「あの男なかなか手をださないんだもん。ディズィーは元から奥手だからいいとして。」

「恋人同士ならもう少し公の場でいちゃつきなさいよね。」

 この二人の意見に、

「つまり他人の惚気現場を見たいのね?」

 と言ったのはフェービー。二人は大きく頷いた。

「・・・・・あたし、あの二人が一緒にいたの見たよ。」

 突然聞こえてきた低い声に、フェービーを除いた者がみなぎくりとした。

「・・・・オーガス。頼むから私たちの視界に入ってから発言して。びっくりするじゃない。」

 エイプリルが振り向いた方には、音も気配も無くやってきた黒人の少女、オーガスが立っていた。彼女は別段悪びれた様子も無く、ごめん、と言った。

「ねえねえ、今のってどういうこと?」

 ジュンはオーガスの登場よりも言葉の内容が気になったらしい。目を期待に輝かせながら尋ねると、ぼそぼそとオーガスが答えた。

「自分の部屋に戻ろうとしたら、前の通りをあの男がディズィーを抱きかかえて通り過ぎて行くのを見たから、後をつけてみた。」

「よく気づかれなかったわね。」

 感心しているフェービーの言葉に、オーガスは黙ってVサインを見せた。

「それでどうなったんです?」

 オクティの催促に、彼女はいたって簡潔に答えた。

「そのままディズィーの部屋に入った。」

 その言葉にその場にいた者が皆おお、と小さな歓声を上げた。

「そ、それはまた・・・・とんでもない場面を見たわね。」

 自称情報通と公言していたエイプリルは呆然と呻いた。

「そのあと二人は・・・どっぷりと愛の世界へはまっていってしまったのねぇ・・・。」

感動した、と言わんばかりに胸の前で手を合わせたジュン。

「ディズィーちゃん、まだ五歳なのに・・・。」

 とは顔を赤くしたオクティ。

「今夜はお赤飯かしら?」

 真面目な顔でフェービーが呟く。あれこれと騒ぎ始めた彼女たちには、オーガスの「ディズィーは寝てた。」という言葉は聞こえていない。無理に訂正するのも面倒くさいので、何気なく窓の外を見ていると、奇妙なものを見つけた。海岸に続く道の方から、何かが近づいて来る。それは子供ほどの大きさの紫色の影で、芋虫のように体を動かしていた。

「ねえ・・・。」

 オーガスが振り向きながらエイプリルたちに声をかけた。気づいたフェービーがどうしたの、と尋ねてきた。

「あそこに変なのが・・・。」

「え?何にも無いよ?」

 ジュンに言われ、もう一度窓の外に目を向けてみると、影は消えていた。見間違いじゃないですか?というオクティの言葉に、釈然としないまま頷いた。

 月の光が、静かな館を照らしている。

 

Jury:8 6:12 館

「どうしたのでしょう、皆。今日変ですよ。」

「さあな。」

 ディズィーの不安そうな言葉に、テスタメントは疲れたように答えた。二人は食堂に行く途中で出会い、一緒に歩いていた所だ。

「おはよう、この色男!」

 バシッ、と背中を叩かれ、前のめりになっているテスタメントの脇を眼帯の少女、ジュライが走っていく。途中でディズィーにも挨拶をし、颯爽と駆けていく姿を見ながら、テスタメントは呟いた。

「一体何なんだ?」

 朝からこの調子で、出会う団員から背中たたきの洗礼を受けているのだ。全員が容赦なくバンバン叩くので、背中が熱を持ち始めている。

「大丈夫ですか?」

 心配そうにディズィーが尋ねた。大丈夫だ、と答え、安心させる。まさかジョニーがあのことを言いふらしたのか?と考えたが、すぐに否定した。自分ひとりのことならまだしも、ディズィーにまで迷惑がかかるようなことをするわけがない。淑女は大切に____があの男の心情だったはずだ。

 あれこれ考えながら食堂に着くと、甲高い声が耳を打った。幼児独特の高音から、この中にいる団員の中で最年少の少女、マーチだとわかる。

「ほんとだもん!マーチうそついてないもん!!」

 目つきの悪いペンギンの縫い包みを抱きしめながら、涙ぐんで叫ぶ。

「わかっているわ、マーチ。だれもあなたのこと嘘吐きだなんて言ってないからね?ほら、だから泣かないで。」

 常にエプロンを身に着けている少女、セフィーが優しい声を出しながらマーチを抱き上げた。抱き上げられたマーチは、鼻を啜りながら頷く。

「何だ?何があった?」

 状況が飲み込めないでいる二人の後ろから、やって来たジョニーが声をかける。

「昨夜マーチが廊下で変なお化けに出くわしたんだって。」

 メイがあまり信じてないような口ぶりで言った。そのことを敏感に感じ取ったマーチがまた叫ぶ。

「ほんとだもん!でっかい朝顔色のお口だけのおばけで、マーチのこと食べようとしたんだもん!」

 その言葉に、テスタメントは何か引っかかるものを感じたのだが、分からないうちに壁にもたれかかっていたオーガスが発言した。

「・・・それなら私も見たよ。」

 一堂の視線が集まる中、

「口があったかどうかは判らないけど、昨夜海のほうから紫色の影がやってくるのを見たんだ。そのときは見間違いだと思ったんだけど、気になって調べに行ってみたんだ。」

 そこで言葉を切り、彼女にしては珍しく神妙な顔をして続けた。

「何かが通ったような跡があった。」

 その場にいた者達の背中を、冷たいものが走る。

「それじゃあ、マーチが見たお化けってのは実体があるのかい?」

 気味悪そうにノーベルが言った。空気が重苦しくなったとき、快族団の厨房担当者、リープが思い出したように言った。

「ちょっと皆、来てくれるかい?」

 歩き出したリープの後をついて行くと、食料庫についた。その前においてある箱を指差す。

「この中には野菜が入っていたんだけど、きれいさっぱりなくなっちまっていてねぇ。動物がここまでこれるわけがないし、変だと思っていたんだよ。」

 その言葉に、

「それじゃあ、まさかお化けが食べちゃったんですか!?」

 オクティが悲鳴じみた声をだす。その言葉が引き金になって、団員達が騒ぎだした。恐慌状態になりかけたその時___

パアン、と乾いた音が聞こえた。騒ぎが静まり、鳴らした手を腰に当てながらジョニーが発言した。

「飯を食って足跡ができる以上、お化けや幽霊と言った類であるわけがない。放っておけと言いたい所だが、マーチが食われかけた以上そういうわけにもいかねえ。」

 そこで言葉を切ると、団員たちの顔を見回す。そこには、お化けと恐れおののいていた少女の顔はない。修羅場を潜り抜けてきた、義賊の顔があった。

「これより、その化け物を『大食い』と命名し、捜索、撃退を開始する。メイ、お前は館の中をジュライ以下4名と一緒に捜索しろ。」

その言葉にメイは任せて!と胸を叩いた。

「オーガスはディズィーと残りを連れて館周囲の捜索だ。」

 無言で頷き、ジョニーに信頼した視線を送る。

「テスタメントは俺と一緒にロビーで待機。何か見つけたり、大食い自体を発見したときは通信機で俺たちに知らせること。ノーベル、お前の部屋から人数分の通信機を持って来い。」

「あいよ!」

 元気よく答えて、彼女はサキュバスを連れて食料庫を出て行った。残ったものたちは班分けを始めている。そんな中、ジョニーはリープにこういった。

「リープ、さめた飯を温めておいてくれ。腹が減っては戦はできぬ、ってね。」

 そして不敵な笑みを浮かべる。その顔には義賊ジェリーフィッシュ快族団を束ねる者としての威厳があった。

「なんだか、大変なことになりましたね・・・。」

 ディズィーが言った。先ほどの騒ぎのときだろうか、隠していた翼と尻尾が黒のワンピースから覗いている。テスタメントは頷きながら、今気づいた、というように言った。

「ディズィー・・・。手を離してくれ。」

「え・・・・?」

 不思議に思ってみていると、いつの間にかテスタメントの手首を握り締めていた。慌てて手を離すと、赤く痕が残っている。

「す、すみません・・・。」

 頬を赤くして、恥じ入りながら言うと、テスタメントに頭をなでられた。

「大丈夫だ。お前も、団員達も私とジョニーが守ってやる。心配することはない。」

 口の端で微笑むと、ディズィーも微笑んだ。

「あの・・・よろしくお願いします。

 

同日 11:21 館 食堂

 

「こちらオーガスト。付近の調査が終了しました。大食い及びその痕跡はありません。」

「了解した。戻ってきてくれ。」

 そういうと、ジョニーは無線を切った。朝食が済んだ後、すぐに捜索を開始したのだ。机の上には館の見取り図が広げてあり、メイたちが調べ終えたところに×印がつけられている。そして、見取り図の大半には×印がつけられていた。

「こちらメイ、二階の最後の部屋調べ終わったよ〜。」

 通信機から流れてきた言葉に、ジョニーは先程と同じ言葉を言った。

「お前の読み道理、人目につかない所に潜んでいるようだな。」

 テスタメントが言う。テスタメントは食堂の床に先日使ったものと同じ魔法陣を書いており、その中心に立っていた。人間では調べられないところを調べるためだ。最初から使わなかったのは、こちらの魔法生物に気づいて、大食いが逃走しないようにするため、探索に出た団員たちに結界を張るための呪布をはってもらうためだ。そして、結界の出口は食堂の換気口だ。

 まもなく全員が戻り、

「それじゃあ頼むぜ。」

というジョニーの言葉とともに、テスタメントが召喚術を行使した。先日と同じ不定形の顔をたくさんつけた赤黒い液体状の魔法生物が現れ、テスタメントの「隠れている魔法生物をいぶりだせ。」という言葉に頷き、物凄い勢いで排水溝や換気口に入り込んでいった。テスタメントの考えでは、大食いは魔法生物だと思っていた。口だけの生物など、それ以外考えられない。それと同時に、彼の頭の中である考えが浮かんでは消えていた。大食いの特徴を聞いてから、ずっと考えていたのだが、そんなはずはない、と否定していたのだ。今頃あいつは森にいるはず______

そんなことを考えているうちにテスタメントの足元に残っていた魔法生物が、点滅した。

「来るぞ!!」

 合図に気づいたジョニーが警戒の声を上げる。各々手に持った獲物を握り締め、じっと換気口を見上げている。数秒間、沈黙が流れたが、突然換気口の中から咆哮が響いた。皆が身構える中、換気扇と網を破壊して何かが落ちてきた。

 そして全員の体から力が抜けた。

「エグゼちゃんじゃない!?」

 そう、換気口から落っこちて目を回しているのは快族団も知っているテスタメントの僕、首だけのサイのような顔をしたエグゼビーストだった。テスタメントはやっぱりか、と思いながら天を仰ぐ。

「あんた、どうしてここにいるの!?留守番は!?」

 サキュバスに頬を張られ、覚醒したエグゼビーストがぎょっとして身を引いた。団員たちの視線を受け、テスタメントの冷たい視線を受けて、彼(?)はポツリポツリと話し出した。テスタメント達が出かけるので、留守番を引き受けたのはいいが、たった一人きりで話す相手もいなくて寂しかったこと__賞金稼ぎを追っ払うのに命を懸けてつらかったこと____何より一度でいいから海で泳いでみたいと思っていたこと____

「ボクガコンナメニアッテイルノニゴ主人タチガ楽シンデイルノカトオモウト悔シクテ悔シクテ!!闇医者ニ頼ンデココニ扉ヲツナゲテモラッタンダヨ!!腐テモ主従ノ関係デスカラ、ドコニイルノカハワカリマシタカラネ!!」

 そのままお〜いおいおいと泣き始めた。こうなるとテスタメントとサキュバスの方に冷たい視線が来た。こほん、と咳払いするとテスタメントは尋ねた。

「理由はわかった。が、留守番は誰がしている?」

 その問いに、彼は話のわかる物に頼んだといった。なんだかいやな予感がする。

 

同刻 森

「ヘヴィだぜ・・・。」

 

「なるほど。大体のとところは判ったが、お前は何故隠れていたんだ?」

 テスタメントの問いに、

「イヤ、チョット、野菜ヲ勝手ニマルゴト平ラゲタノガウシログラクテ・・・・・」

 やはりあれはエグゼビーストの仕業だったのか。僕のしたことに頭を抱えたくなったが、当の本人といえば、外でもいいからどうか泊めてください、と頭を下げている。

「まあいいだろう。泊まっていけや。後数日しかないが、楽しくいこうぜ。」

 ジョニーの寛大な判断により、飛び入りの参加したシークレットキャンプは問題なく続き、熊との死闘やモービーディックVS山田さんといった波乱を乗り越え、最終日にいたった。

 

その夜は最終日とだけはあって、リープが腕によりをかけた海鮮バーベキューが出され、皆舌鼓を打った。サキュバスとエグゼビーストの漫才が会場を沸かせ、エイプリルの怪談が火照った体を勢いよく冷ましてくれる。

「よし、テスタメント!一曲弾け!!」

「私たちも聞きた〜い。」

「私も、もう一度聞きたいです。お願いできますか?」

すっかり酔いの入ったジョニーにいわれ、団員やディズィーにも頼まれ、テスタメントは承諾した。転送魔術でビオラを呼び寄せ、

「リクエストは?」

「アイネ・クライネ・ナハトジークってのどうだ?」

 わかった、といいながら、構える。試し引きをし、先日ディズィーの前で奏でた曲とは一転して、軽快でコミカルな旋律を奏で始める。すでに高まっていた雰囲気も手伝ってか、誰からともなく手拍子が上がり、お祭り好きのメイがジュライを誘って踊り始める。ジョニーが懐から取り出したハーモニカが深みを与え、サキュバスが呼び出した楽器たちが、奏者もなく鳴り響き、新たな音色を加える。皆楽しげに笑い、楽しみ、時間を忘れていった。

「やっぱ締めくくりはこれっしょ!?」

 ノーベルが叫ぶと、オクティやオーガスが前に出る。三人は大小様々な筒を地面に突き刺し、順序かまわず導火線に火をつける。

 光の塊が勢いよく空に上り、そして色鮮やかな花を咲かせる。感嘆の声と共に炸裂音が鳴り響く。大小異なった色形が夜空に輝き、消えていく様は、美しく、そして儚げだった。

「・・・綺麗ですね。」

音楽がやみ、皆が夜空を眺める中、ディズィーが横にきて行った。

「・・・そうだな。」

 光の花を見ながら、テスタメントが言う。

 それゆえ、気付かなかった。彼女の顔に寂しさがあったことに。

 

「久しぶりの馬鹿騒ぎだったな。」

 自室に戻ったテスタメントはそう漏らした。すでに時間は十二時を過ぎており、団員達もそれぞれの部屋に帰っている。

「明日で帰るのか・・・。」

 長いようで短かった休日の日々を思い返し、目を細める。いろいろ大変ではあったが、楽しかったと思う。ただ、もう少しディズィーといたいと思うのも事実だが。

シャワーを浴び、寝巻きに着替えてベッドに向かおうとすると、ドアをノックする音が聞こえた。

(こんな時間にだれだ?)

 いぶかしく思いながらドアを開けると_____

「・・・ディズィー?」

 来訪者はディズィーだった。パジャマを着ており、解いた髪が腰の当たりで揺れている。彼女は抱えていた枕を持ち直しながら、こんばんは、と小さな声で言った。

「どうしたんだ?こんな時間に・・・。」

 戸惑いながら中に招きいれ、ドアを閉める。ディズィーは少しの間俯いていたが、上目遣いにこちらを見ながら、

「一緒に寝てもいいですか?」

 と、先程よりも小さな声で尋ねた。突然の言葉に驚いていると、

「だ、だめですよね、やっぱり。いいんです。ちょっと・・・寂しかっただけですから・・・。」

 ポツリと呟いた言葉に、テスタメントは彼女の胸中を理解した。会っている間が楽しかった分、別れるときはつらいものだ。いつ又会えるか判らないのであってはなおさらだ。それならば、別れの時まで一緒にいたいと思う。そして、それはテスタメントも同じだった。

 失礼しましたと言って背中を向けたディズィーの肩を掴み、こちらに向き直らせながら抱きしめた。二人の長い髪が揺れる。

「私も一緒に眠りたい。」

 耳元で囁き、彼女を抱き上げるとベッドまで連れて行き、寝かせる。自分もその隣に横たわり、毛布を掛ける。

「ま、枕を落としてしまいました。」

 赤くなりながら、ディズィーが呟く。テスタメントは微笑みながら、

「こうすればいい。」

 と言って、彼女の体を自分の上に移動させる。目の前にディズィーの顔があり、零れ出た青い髪がテスタメントの黒髪と混じる。

 潤んだ彼女の紅の瞳の中には、自分の瞳が映っていた。引き付けられるように顔を近づけ、口付けを交わす。暫くの間二人はそのままであったが、ディズィーの方から離れた。赤らめた顔を隠すように、小さな声で「おやすみなさい・・・。」と言ってからテスタメントのしなやかな胸に顔をうずめる。

 テスタメントはディズィーの背中に手をまわしながら、「お休み・・・」と言い目を瞑る。

 窓から差し込む月光が、二人をやわらかく照らしていた。

 

 

 

 

後書き 

 完結しました・・・って十月じゃないか!!なンッツーへたれっぷり!!この愚か者目が!!しかも駄文だし・・・・まずい・・・このままでは刺客に殺されてしまう・・・・。

 と、とりあえずラブラブ感出ていたでしょうか?当初の終わり方からはだいぶ違ってしまったのですが、団員を出すことによって長くなってしまいました。名前やら設定やら違っていたらすみません(汗)それでは47に狙われる前に立ち去るとしましょう。さよなら〜。