第二話

 

 

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 

 

 Jury・3 AM11:46 日本海上空1,000ft

 

 エンジンの起動により、発生している僅かな振動を感じながらテスタメントは甲板の手すりにもたれかかっていた。服はこの輸送船に乗るまでの間の騒動で襤褸になってしまったので、新しいものを着ていた。Tシャツには黒の下地に青白い色の昆虫のうす羽を思わせる模様が入っていて、それに黒のジーンズを合わせている。髪の毛は蒼いリボンでまとめているため、後ろのほうで暴れている。

 この船の甲板は後方についており、その下は船室、格納庫という順になっている。前方はブリッジになっており、休憩所、集会所の順に並んでいる。

 格納庫から割り当てられた部屋に行き荷物を置いた後、サキュバスが提案し、集会所で行われた神経衰弱大会を中座してここに来たのだ。テスタメントの記憶力が相手では、元から勝負にならない。

(騒がしい連中だ・・・)

集会所の馬鹿騒ぎを反芻しながら、テスタメントは疲れた表情になった。ああいうのは柄ではない。

今日は雲ひとつない快晴で、眼下には空の青とはまた違う、海の蒼が広がっていた。包み込まれそうな美しさだった。

暫く視界を蒼一色に満たしていると、視界にセピア色が飛び込んできた。足元に置いた皮製のケース。砂時計の先端に、長い筒を付けたような形をしている。そのケースをあけて、中に入っていた楽器を取り出した。バイオリンに似ているが、一回り大きい。ビオラと呼ばれる、古い弦楽器だ。

 ディズィーは音楽が好きで、村にいたときよく両親に歌や楽器の演奏を聞かせてもらっていたらしい。森にいたときは、せがまれて自分が歌ったこともあった。幸い子供の頃、教養の一環として楽器の演奏や歌を学んだことがあったので、基礎はしっかりしていた。

このビオラは、今日のために探し出したものだ。

見つけたときはかなり痛んでいたので、破格の値段で買えた。あとは、昔習ったバイオリンの修理法や調整の仕方などを応用して、音が出るようにし、錆付いた演奏技術を元道理にするだけでよかった。

彼女の笑顔が見たかったからだ。

転送魔術でビオラを部屋に送ると、船室ブロックに降りるための階段からジョニーが顔を出した。

「てめえ!ここにいやがったか!神経衰弱のリベンジ、ポーカーで勝負だ!!」

 そう言われて連れて行かれるテスタメント。その表情は渋いものになっていたが、どこか楽しげだ。

 柄ではないが、たまにはいいかもしれない_____

結局ポーカーはテスタメントのロイヤルストレート(イカサマ使用)によって幕を閉じたのだった。

 

Jury・3 PM12:01 無人島上空

 

轟音を響かせながら小型艇は降下をはじめた。ブリッジから眺めると、島の東側にある切り立った崖____その場所に造られた滑走路つきの軍事施設に着陸しようとしているのがわかった。

「いや〜ね〜。ああいう建物って」

 サキュバスが誰に聞かせることもなくつぶやいた。相変わらずのヤシノキプリントのシャツと短パンという格好をしている。所々崩れた建物や、屋根が半分なくなっているドッグなどを見て顔を顰めた。彼女は辛気臭いのが嫌いなのだ。

「アハハハハ。言うと思ったよ」

 そう言ったのは青いバンダナをした活発そうな少女、エイプリルである。計器やらなにやらをいじりながら続けた。

「でも大丈夫。私たちが宿泊しているのはあそこ」

 施設の左側を指し示した。施設周辺以外は殆ど森で、南には浜辺がある。その木々の緑の中に、切り取ったようにしてやさしい色の屋根が見える。心なしか小さく見えるのは、軍事施設の方を先に見てしまったせいだろう。

「裏家業の建築家に頼んで造って貰ったんだよ」

 裏家業さま様といったところか。わざわざ連れてきたからには、信用できる人物なのだろう。

地面が少しずつ近づいてきた。

 

着陸した後、乗員たちはドッグからジープに乗ってやってきたメンバーと一緒に食料や何やらを降ろしにかかっていた。テスタメントはやることもないので旅行鞄に座っていた。悲鳴があがり、見てみるとボロボロになったソードフィッシュ____ジョニーの愛車を前にして一人の団員が立ち尽くしている。腰のベルトから、巨大なスパナを持っていることから察するに整備係なのだろう。同情を禁じえない。

周囲を見回してみたが、ディズィーの姿は見えなかった。メイの姿もないし、ここにいる団員達を数えてみても頭数が足りないからきっと館のほうにいるのだろう。

そうこうしているうちに荷物をジープに積み終え、出発することになった。10分ほど木々の間を走り、館の正面にジープを乗りつけた。左手に道があり、まっすぐ行けば下り坂になって浜辺の方に出るそうだ。言うまでも無いが、右手は軍事施設のある岸壁だ。

改めてみると、館はかなりの大きさだった。縦90メートル、横180メートル、高さ70メートルの大型の建物で、テラスがある。材質は魔法を利用して作った人工素材だった。館の手前には公園に設置されているような円形の噴水(海をモチーフにして飾られた三段使用、水は女性像が捧げ持った盆から溢れ出ている)があり、六脚のベンチが等間隔で配置されていた。

荷物を持ってジープから降りる。ジープは左にある車庫にいれられって行った。

豪華な噴水を横目に歩き、玄関の前に立つ。ジョニーがノックをする前にドアが開いた。

「お帰りみんな!」

 元気一杯な声とともに、扉を開けて現れたのはJ・F快族団が副船長、伸ばした茶色い髪が特徴のメイだった。その後ろにいるのは____

「おかえりなさい、皆さん。」

 青い長髪を、二つのリボンで束ねた少女、ディズィーだ。彼女はテスタメントのことを見ると、微笑みを浮かべて言った。

「いらっしゃいませ。テスタメントさん。サキュバスさんも」

「・・・・これから数日、厄介になる」

「よろしくね〜♪」

 言い方が無愛想になったのは、照れ隠しのためだ。通信機で何度も顔をあわせているのに、本人を目の前にしてあがってしまった。気付けば、ジョニーとサキュバスが訳知り顔でニヤ付いている。嫌なやつらだ。

 軽く咳払いをしてから、ふと気付いて尋ねた。

「なぜそんな格好をしているんだ?」

 テスタメントの言葉の通り、メイやディズィー、さらには館の中から姿を現した団員達は、一様に汚れたエプロンや作業着を着込んでいた。中には雑巾やモップを手にしているものもいる。

「実は・・・・」

 と口を開いたのはメイだった。J・F快族団がこの島に来たのは二日前だったのだが、全員肝心なことを忘れていたのだ。それは、この館を管理している人間がいないというで、つまりは使用されなかった間、掃除がされていないという事だった。慌てた団員たちは寝食を軍事施設でし、メイッシプのオーバーホールをする係りと館の掃除をする係りと別れていたそうだ。只、見ての通りの豪邸である。なかなか綺麗にならないのだ。

「と、言うわけで〜」

 話し終えた後、メイはにっこり笑った。背筋を冷たいものが駆け抜ける。

「手伝ってくれる?」

 拒否権は・・・・無に等しい。

 

 中に入ってみると、なるほど聞きしに勝る荒廃振りだ。エントランスであるらしい現在地は、ある程度綺麗になっているが、一つ扉を開けた向こうはひどい有様だった。所々に置いてある調度品に埃が薄っすらと積もっており、見上げた天井は蜘蛛の巣と埃で灰色になっている。小部屋の中の様子は想像するだけにした。

「これでも掃除してあるんだぞ」

 モップを肩に担いだ眼帯の少女、ジュライが言う。二日も使ったのにか?と思ったが、庭掃除もしたという言葉に納得した。

「ようし、大掃除再開だ〜!!」

 ジョニーが気合を入れるように叫んだ。テスタメントはゆっくりと息を吐き出すと、雄叫びをあげて仕事にかかろうとした団員たちを制止した。

「あん?どうした?」

「二日もかかってこの有様だ。二倍になったところでたいして変わらんだろう。」

 そういうと、玄関のほうへ行くように指示し、テスタメント自身はエントランスの中心に移動した。ジョニー達は何事かと見守っている。中心に立つと、左手の人差し指の根元を口に咥え、一気に切断する。数名の悲鳴が聞こえたが、気にせず切断した左手を持ち、辺りに血を撒き散らす。地面に零れ落ちた血液はしばらくそのままであったが、不意に床の上を滑り始め、幾何学的な模様をそなえた魔法陣を形成した。テスタメントは、とん、と片足で床を叩く。

 今度は息を呑む音がした。なぜなら,魔法陣の中から赤黒い液体のようなものがあふれ出てきたからである。それはたちまち床一面に広がり、ジョニー達の足元にまで達した。

 テスタメントの前にある一部が糸でつられるように伸び上がり、天辺の部分に三つの穴が出現した。見ようによっては顔に見えなくもないが、不気味で崩れている。そして、その顔は液体の至る所に現れていた。

「この館にあるごみや汚れを取り付くせ。」

 その言葉に顔は頷くと、ものすごい勢いで壁、天井を問わず這いずり始めた。それらが通り過ぎた後は驚くほどに綺麗になり、エントランスを綺麗にし終えた液体達は、ドアから別の場所へ出て行った。

「・・・・使い魔の内のひとつだ。こういう使い方もある。」

 テスタメントの言葉に、ようやく立ち直った団員達が感心した。

「便利だね〜・・・・」

 始終目が閉じている少女、セフィーが言った。それに対して金色の髪が特徴的な女性、フェービーが、

「一家に一台ですね」

 少しピントがずれた事を言った。

 

数十分後、使い魔が戻り、テスタメントの労いの言葉を聞いてから魔法陣の中に引っ込んでいった。

「おお〜!」

 感嘆の声。館は見違えるように綺麗になり、いまや埃はどこにも転がっておらず、染みひとつない白い壁や気品のある調度品や家具、きらびやかなステンドグラスやシャンデリアなどの姿を見せていた。皆ドアを開けて、昔の埃まみれのときと比べては歓声を上げていた。

「ありがとうございます。皆喜んでいますよ。」

「いや・・・・。たいしたことはしていない。」

 エントランスに残ったテスタメントとディズィーは、あちこち館のから聞こえてくる歓声をきいていた。

「・・・ここでの生活にはなれたか?」

 我ながら恥かしくなるほどの愚問である。答えのわかりきっている質問だ。

「はい。皆さん親切ですから。とっても楽しいですよ。」

 そういって、楽しそうに笑う。

「そうか。」

 いつも道理の答えだ。この答えを聞くと、心の隅が燻り始める。そして、彼女が人間に愛想を尽かして自分の元に帰ってくればいいのに、と考えていることに気づいては自己嫌悪に陥っていた。

 すでに自分は、彼女に関して冷静な判断が出来なくなってきている。

(・・・上手くなったのはポーカーフェイスくらいか。)

 自己嫌悪が激しくなり始めたとき、突然テスタメントの体に触れるものがあった。はっとしてみてみれば、ディズィーが真面目な顔でテスタメントの体をぺたぺたと触っていた。

「ど、どうした?」

 少し動揺しながら尋ねる。

「あ、いえ、その・・・・」

 自分がしていたことに気づいたのか、少し赤面しながら彼女は答えた。

「ずっと通信機が相手でしたから・・・なんていうか、ちゃんと本人が目の前にいるのを確認したくて。生身で会いたいと思っていましたから・・・。」

 燻りが消えた。ふっと微笑みを浮かべると、ディズィーのことを抱き寄せる。

「あっ・・・・」

 悲鳴を上げた時には、ディズィーはテスタメントの腕の中にいた。

「・・・・・満足か?」

 少し意地悪く言う。先ほどまで余裕を失くしていたとは思えない。

腕の中にいる彼女のことを思う。彼女が自分の存在を確認してくれたのが、自分の事を必要としてくれた事が嬉しかった。

「・・・そうだ。」

 そういいながらディズィーを離すと、旅行鞄を開き、中からビオラを取り出した。

「土産がわりだ。」

「バイオリンですか?」

 漸く頬の上気が引いたディズィーが尋ねた。その言葉を否定するとバイオリンでするように構え、一度試し弾きしてからゆっくりと演奏をはじめる。音色はバイオリンよりも柔らかく、心地よい。

「・・・・綺麗な音色ですね・・・」

 音楽が好きなため、ディズィーは喜んで聞いていた。達者な部類に入るテスタメントの演奏に、楽しげな表情を浮かべている。当の本人はというと、喜んでもらえたことに安堵していた。曲はゆっくりとしていて、落ち着いたものである。

 しばらくの間心地よい調べが鳴り響き、やがて最後の一節が弾かれ、そして空気の中に溶けていった。

「なんという曲を弾いたのですか?」

 彼女の問いに、

「教会にいた時に覚えたものだ。題名は・・・・ソング・オブ・・・なんだったかな。忘れてしまったよ。譜面も擦り切れていたし。」

 と答えた。大昔に渡された譜面なので、原型を留めていたこと自体が不思議だったくらいだ。

「ビオラに変換するのが一手間だったが、何とか演奏できてよかったよ。」

「とても素敵でした。」

 笑顔をうかべると、少し躊躇いがちにいった。

「あの・・・また聞かせてくれますか?」

「ああ。いつでもいいぞ。」

 そう答えると、ディズィーは微笑んだ。あまりに可愛かったので、もう一度抱きしめようとかと思ったが、扉が開いてジョニー達が帰ってきた。

「いい音が聞こえてたが、お前さんの仕業かい?」

 肯定すると、ジョニーはほう、と唸ってから続けた。

「今度聞かせてくれ。これから忙しくなるからな」

 言われて、まだ昼食を済ましていないことに気づいた。すっかり忘れていたのだ。

「荷物を部屋に置いたら食堂に来てくれ。昼食にするからよ。リープの飯はうまいぜ?」

 かくして、数日間のシークレットキャンプがはじまった。

 

 

つづく

 

 

後書き

 二話です。一話目からだいぶ日がたっての完成でした。(でしたじゃね〜よ)

ええ〜と、私の中ではテスタは独占欲が結構大きい方です。そのくせ恋に臆病、というキャラクターなので、ちょっと子供っぽいところがあります。テスタメントの演奏した曲・・・果たしてわかってくれる人がいるのでしょうか?当ててみてください。

 第三話は・・・な、なんとか早めに完成できるようにしたいです。(すでに季節外れですが・・・・)

それにしても・・・せぱれーとってなんだ・・・・?