快族と海の遁走曲+mf   

 

第一話

著:ランシェオン・カルバレーナ

 

 さんさんと照りつける太陽、平均気温は一気に跳ね上がり、人々は直射日光を避けるため木々の下に逃れる。海水浴場の使用率は上がり、海の家の売り上げは絶好調。まさに季節は夏___

 

July:3 AM8:49 悪魔の住む森

「暑い〜」

団扇をパタつかせながらサキュバスが言う。

「ご主人様〜まだ準備できないんですか〜?」

 不満の声を背中に聞きながら荷造りを続けるテスタメント。彼の荷物が多い訳ではない。サキュバスの分の荷造をしているのだ。正確には「要る物」「要らない物」の区別。そして、「要らない物」BOXからは既に物が溢れ出ていた。

軽いため息と共にバックの中を探る。つり道具やトランプ、お菓子の類はまだいいとして__

「サキュバス・・・何故海へ行くのにスキー板が必要なんだ?」

 白皙の美貌に苦悩を表したテスタメントが聞いた。

「ジェットスキーをするから」

 ケロッと答える自分の下僕に、テスタメントはこめかみに指を当てることで怒りを抑えた。迷わず「要らない物」BOXに叩き込む。後ろで舌打ちが聞こえた。

 次に出てきたのはサバイバルグッズだった。ナイフ、ランプ、磁石、サイドポーチの中からは林檎と飴玉___まあいいだろう。この位なら許せる。そう思った時・・・

ガチン!!!

「・・・」

 サキュバスの大型バッグから出したテスタメントの手には直径15cmほどのネズミ捕りが喰らい付いていた

「・・・置いて行け」

 またもや舌打ちが聞こえた。30分かけて整理したおかげで、サキュバスのバッグはかなり軽くなっていた。

「早くしないと待ち合わせに遅れますよ?」

 その原因を作ったのは誰だ!と睨み付けると、サキュバスは団扇で顔を隠した。

 そもそも、何故滅多に森を出ないテスタメント達が海へ行くのか?

 話は二日前に遡る____

 

Jury:1 PM15:21 悪魔の住む森=某所上空2000フィート:メイシップ

 

「シークレットキャンプ?」

 紅茶のカップを受け皿に置きながらテスタメントが尋ねた。遠距離用精密通信機___誕生日にジェリーフィッシュ快族団から送られたものだ___の向こう側でジョニーが笑いながら答えた。

「まあ、そう言えば聞こえはいいが実際はメイシップの大規模整備だ。ここんとこ派手に使ったからあちこちガタが来ていてな」

「ああ・・・」

 ジェリーフィッシュ快族団の武勇伝はディズィーから聞かされていた。もっとも、話の内容より話している時の彼女の笑顔のほうが記憶に残っているが。

「メンテナンス用の施設がある無人島があってね、時間がかかるからついでに休暇でもって寸法よ。そこなら世間の目も気にしなくていいし、追っ手も掛からない。という訳で、お前のことも誘ったらどうかって話になったんだ。」

「しかしな・・・」

 テスタメントは躊躇した。人目につかないとはいえ、賞金稼ぎの嗅覚は普通ではない。ましてや自分にはまだ莫大な賞金が懸けられたままだ。それはジェリーフィッシュ快族団も同じで、下手をしたらどうにかしてその島まで追いかけてくるかもしれない。総合賞金額は、三代に渡って遊び続ける暮らしが保障される。

「おやぁ?まさか断るつもりじゃないだろうなぁ旦那ぁ〜」

 ジョニーがいやらしく笑った。いやな予感を感じる・・・・。

「クリスマスに邪魔したとき、ディズィーと約束したんだってなぁ?今度は自分が訪ねに行くって。この機会を逃すと次はいつになるか・・・。」

 うっ、とテスタメントは答えに窮した。特別な用も無いのに、出向くのは心苦しいし、向こうにも迷惑がかかると思っていたため、中々行けないでいたのだ。

「まあ、無理にとは言わないが・・・・そっちにもこっちにも通信機があるからなぁ」

 むむっ、とテスタメントは唸った。ジョニーが言おうとしていることは・・・

「お前が来ないと知ったとき・・・ディズィーはどれだけ残念がるか・・・・そして彼女は通信機の前に座るだろうなぁ?」

「・・・」

 もはやテスタメントは無言だった。つまり退路が断たれたわけである。

「彼女の抗議の声と悲しみに満ちた顔・・・・お前さん堪えられるかい?」

 答えは否だった____

 

かくして、テスタメントは海水浴・・・基ジェリーフィッシュ快族団シークレットキャンプに参加することになった。

 

AM9:30 「近隣の街・広場」

「兄さん、速く速く!」

 サキュバスが背負ったバッグを揺らしながら叫んだ。人の姿に化けているため、角や模様は消えている。ヤシの木をプリントしたTシャツに半ズボンと、いかにも活発そうな女の子という格好だった。怪しまれないよう、街に入ってからは兄妹でとうしていた。

「あまりはしゃぐな。転ぶぞ。」

 平気平気!という返答の後、派手に転ぶ音が聞こえた。その様子を見ていたテスタメントは軽くため息をつく。

 今の彼は、白いカットシャツにジーパンといった普通の服装だ。長い髪を、クリスマスの時にディズィーから渡された青いリボンでまとめている。

 とはいえ、持ち前の端正な顔立ちのため広場の注目を集めている。特に女性の。

「やれやれ・・・」

 再びため息をついた。肩から下げたザックを担ぎなおす。落ち着かない。周囲に他人がいること自体が久しぶりだった。

 ジョニーの話では9時半に向かえがき、小型船によって目的の島へ行くそうだ。場所さえ教えてくれれば空間跳躍で一気にいけるのだが、それでは面白くない、と断られた。

「旅行は電車バス飛行機に乗ったときから始まっているんだぜ?」

 よく判らないこと・・・と思ったものだ。

そんな取り止めの無いこと考えているうちに、広場の時計の長針はYの位置に来ていた。すると、広場の出口からクラックションの音が聞こえた。見てみると一台の鋭角的なフォルムの黄色い車が停まっている。運転席からこちらに向かって親指を立てているのは____

「いよう大将ぉ。元気してた?」

 快族団団長、ジョニーその人であった。

 

 

 窓の外に目を向けると、ガードレールが通り過ぎていくのが見える。その向こうには、青く広がる海。海際の峠道を走る黄色い車・・・持ち主曰くソードフィッシュの車内は5人が乗れるくらいの中型車だ。ジョニーのプライベート用の車らしい。

「悪いな、手間取らせちまって。」

 ハンドルを軽快に操りながらジョニーが言った。いつも道理の黒服だが、帽子は被っていない。

「メイシップはもうドッグ入りしているし、小型船は発進するために少し滑走路が必要だからよ。」

「なら最初から場所を教えてくれれば・・・・」

「それじゃあ面白くないだろう?」

 テスタメントの言葉を遮るようにしてジョニーが言った。

「そうですよ、ご主人様。旅行はバス飛行機電車から始まるものなんです。」

 どこかで聞いたようなことをサキュバスが言う。テスタメントは肩を竦めた。

「そんなものかね・・・。ところで気づいているか?」

「ああ。」

 ちらりとサイドミラーをみる。そこには、後ろを尾けてきている二台のジープが移っていた。

「賞金稼ぎか?」

「多分な・・・全くどこから聞きつけてくるんだか・・・」

 ジョニーがため息をつく。そして____

「捕まってろ!!」

 エンジンがうなりを上げて咆哮する。次の瞬間にはソードフィッシュの車体は弾かれた様に急加速した。鋭角的なフォルムをしているだけはあって、かなりのスピードだ。が、賞金稼ぎ達の車も追いかけてくる。距離はあまり離せていなかった。

「向こうは改造車だな、どうする?」

ジープの荷台から立ち上がった男たちが抱えている、アサルトライフルやらグレネードランチャーやらを眺めながらテスタメントが言った。サキュバスはこの状況を楽しんでいるらしく、瞳を輝かせている。

「もう少し行ったところに直線の道がある!それまで頼めるか!?」

 カーナビをいじっていたジョニーが叫ぶ。そして通信機をつかみ出すと電源をいれ、何やら喋り始めた。

「持っていろ」

リボンをサキュバスに渡し、テスタメントはドアを蹴り開ける。車体の縁を掴み、そこを支点にしてソードフィッシュの天井に移動する。

突然テスタメントが車外に出てきたため、男達は驚いた様子だったがすぐに各々の武器を構え、発砲してきた。

それに対して、テスタメントは変質した右腕で対抗した。走行中で、しかも速射性を重視したマシンガンでは狙い道理に飛んでくる弾丸は少ない。テスタメントはそれらを右手の鈎爪で弾き返した。グレネードを撃とうとしている男には、鋭い呼気と共にファントムソウルを放つ。狙いは違わず命中し、その場で昏倒した。なるべく殺したくは無い。

 が、それでも射撃はやまず、次第にソードフィッシュのボディには弾痕が刻まれ始めた。およそ八人分の弾丸を捌ききるのは難しい。

「ちっ・・・!」

 脇を掠めるようにしてグレネード弾が道路に着弾する。テスタメントは舌打ちをすると、左手の人差し指の根元を咥え、手首から一気に切断する。流れ出した血液は、道路に飛び散ることなく賞金稼ぎの車の前で蜘蛛の巣のように広がった。

 悲鳴が聞こえ、真紅の網に捕らえられたジープが運転手の制御を離れた。だが加え続けた速度は衰えず、荷台の仲間たちを道路に放り出しながらガードレールを突き破って海へ転落していった。

「後一台・・・」

 左手を元通りに繋げながらテスタメントは呟いた。仲間をやられてもなお続く銃撃を弾き返し、ロケット弾を障壁で防いだ。結界を張りたいところだが呪文の詠唱に時間がかかるため、張り終えた頃にはソードフィッシュは蜂の巣だろう。

「サキュバス、手伝え!!」

 分かれ道を右に曲がる。振り落とされないように気を付けながらテスタメントが叫んだ。それに対して彼女は露骨に嫌そうな顔をした。

「え〜、今出てったら穴だらけになっちゃいます〜」

 可愛い子ぶってサキュバスが言った。大きな瞳に涙を溜めている。

 ここから車内に手を叩きこんで引きずり出してやろうかと思ったが、銃弾の処理で忙しいため断念した。

「ようっし!大将中に入れ!!」

その声に、テスタメントは置き土産にファントムソウルを投げつけながら、車内に滑り込む。反対側にいたサキュバスを押し付ける形になったが、気にしない。道はいつの間にか連続したカーブから直線になっていた。

「どうする気だ?」

 テスタメントの問いに、ジョニーが不敵な笑顔を浮かべた。

「まあ、見てなって!」

そう言うと、シフトレバーをハイトップに入れ、アクセルを踏み込む。速度を示すゲージがいっぱいに点滅し、ソードフィッシュの車体が一気に加速した。その勢いに、テスタメント達はシートに押し付けられた。

賞金稼ぎのジープを瞬く間に引き離していく。時折鳴る澄んだ音は着弾音か。ロケット弾の着弾した道路が炎を撒き散らすが、それすらも突き抜けていく。弾丸のように飛び去っていく風景の中で、テスタメントはある物を見つけた。黄色と黒で塗り分けられた看板。そこに書かれている字は_____

「橋建設中・進行禁止。」

 サキュバスが読み上げる。そして、テスタメントも見た。途切れた建設中の橋のはるか向こう側にある対岸を。

「よせジョニー!!引き返せ!!」

 テスタメントが叫ぶ。この間、サキュバスが見ていた映画を思い出したのだ。マフィアに追われている主人公が、彼らを撒くために建設中の橋をジャンプする。映画では成功していたし、理論上不可能な事ではない。だが、このスピードをもってしても、踏み切りのための角度がなければジャンプ自体が不可能だ。それ以前に、橋と対岸との長大な距離自体が絶望感を醸し出している。

「ブレーキを踏め!早まるんじゃない!!」

 テスタメントの叫びに対し、ジョニーはにやりと笑った。

「行くぜ大将ぉ!このジョニー様一世一代の大ジャンプだ!!」

「行け行けぇ!!信じる心があれば空も飛べるさ!!」

「飛べるか!!」

 テスタメントの叫びも空しく、崖は近づいてきた。そして____

 数秒間の直進・・・・そして直進したまま落下を始めるソードフィッシュ。

ああ何ということだ・・・こんな黄色い車が棺桶になるだなんて・・・最後に彼女の顔を見たかった____

 不死身の癖に、死後の事を考え始めたテスタメント。サキュバスは奇声を上げて喜んでいる。ジョニーの顔はこちらからでは見えなかったが、テスタメントは彼が笑っている様に思えた。と、その時____

 爆音が聞こえた。我に帰って見た先には、崖下から急上昇してきた小型船の姿があった。その後部ハッチは、ソードフィッシュを迎え入れるように大きく開いている。

 衝撃_____

 タイヤが格納庫内に着くと同時にジョニーがブレーキを踏み込む。だがそれだけでは勢いを殺せず、ソードフィッシュは奥に設置された衝撃吸収剤の中に突っ込んだ。後方に跳ね返りそうになるのを、魔道式ロックにより無理矢理止められる。

 格納庫の中に縫い付けられたように動かなくなったソードフィッシュの中で、テスタメントは頭の中を整理した。つまり、ジョニーはカーナビであの崖のことを知り、通信機でどこかに待機していた小型船に連絡して、崖から飛んだ自分達を拾うように指示を出したわけだ。

 普段から荒事をしている、ジェリーフィッシュ快族団だからこそできたことだった。

「物凄いスリルだったろう?」

 ジョニーが振り返りながらいった。テスタメントに悲鳴をあげさせた事がよほど面白かったらしい。

「はあぁぁぁ・・・・癖になるかも・・・」

 興奮冷めやらぬ、といった様子でサキュバスが言った。

「ああ・・・・まったくだ・・・」

 怒気をはらんだ声音で、テスタメントが言った。

船の針路は、東_____

 

 

 

つづく

 

 

 

後書き

 駄文を読んでいただき、有難う御座いました。柄にもなくアクションシーンをいれましたが、駄目駄目ですね。(苦笑)テスタメントはキャラが違うし。感想など、叱咤などありましたらどうぞよこしてください。喜んで参考にさせていただきます。

ディズィ子は第二話で登場です。それでは〜